ウクライナ侵攻で「政治的決心」を求められるバッハ会長

 ロシアはウクライナに軍事的に侵攻した。IOCにできることはあるのか?

 IOCは政治的に中立であろうとすれば、ロシアにもウクライナにも同じスタンスを取らざるを得ない。すべての選手が平等にオリンピックや国際競技会に参加する権利を守らなければならない。オリンピック休戦を破ったロシアに対してIOCもすぐに非難声明を出したが、それ以上のことができるのか?

 戦場となっているウクライナから選手は競技会に出場できないが、ロシアやロシアを支援しているベラルーシからの選手は出場できるという現実がある。バッハ会長が「政治的中立」を持ち出したのは政治的対立からオリンピックとスポーツを守るためであった。しかしこの「政治的中立」がバッハ会長に「政治的」決心を求める状況になった。

 そして、このジレンマを解決すべく、IOCがついに声明を出した。「競技会を管轄する各国際競技連盟(IF)などに対して、主催大会にロシアとベラルーシからの選手、関係者を参加させないように求めた」のだ。

 まさに「政治的中立」が諸刃の剣となって、バッハ会長のオリンピズムに刃を向けた。2016年リオ五輪の時には、ロシアにドーピング問題があったにもかかわらず、クリーンな選手とIFが認定した選手は参加できるようにしたのは他ならぬバッハ会長だ。それは選手第一主義に基づいた決断だったはずだ。

 今回のIOCの勧告を履行すれば、特定の国の選手がその国籍故に競技会に参加できないということになる。極限すればオリンピックに出るためにはロシアを捨て、ベラルーシを捨てなければならない。

 今大会、フリースタイル男子エアリアルでウクライナのオレクサンドル・アブラメンコ選手が銀メダルを取り、ロシアのイリア・ブロフ選手が銅メダルとなった。2018年平昌五輪でも前者は金メダル、後者は銅メダルだった。競技終了後、アブラメンコ選手をブロフ選手が後ろからハグして祝福し、お互いを讃えあった。選手たちは国の代表として戦いながら、互いを尊敬しあっている。この姿がSNSで拡散され世界の人々に感動を伝えた。

 スポーツで世界平和を築くとはこういうあり方ではないかと思う。バッハ会長が閉会式で世界の政治的指導者に訴えた「平和にチャンスを!」は北京冬季五輪に参加した選手たちのあらゆる垣根を超えたパフォーマンスが支えていたものなのだ。

 私はIOCに本件の疑問をぶつけている。まだ回答はない。バッハ会長の「政治的中立」への葛藤を今しばらく凝視するしかない。

 3月2日、パラリンピックに参加するウクライナの選手団が北京に無事到着した。20名の選手は「ウクライナに平和を」と動画で訴えた。パラリンピックがこの難問を解くヒントをくれるかもしれない。