つまり、買収・被買収を問わず、罪に問われるべきなのは明白なのだ。一般的に選挙違反事件で立件するかどうかのボーダーラインは「2桁」(10万円)とされる。その感覚からすると、やはり「3桁がおとがめなし」は違和感しかない。検審が起訴相当としたのは、良識ある判断だったといえるだろう。

 最近、ニュースなどで検審の存在が取り上げられるが、実はそのメンバーは司法のプロではなく、無作為に選出された日本国民(公選法が定める有権者)で構成されるシロウト集団だ。

 検察官が独占する公訴権に民意を反映させ、不当な不起訴処分を抑制するために各地裁やその支部に設置されている。

 最近では、菅原一秀元経産相が夏祭りや盆踊りなどの行事を主催する町内会や商店街に御祝儀、故人の枕元に飾る枕花や香典を配ったとして、いったんは検察が不起訴(起訴猶予)としながら「起訴相当」と議決し、衆院議員辞職と略式起訴(罰金40万円の略式命令が確定)に追い込んだことは記憶に新しい。

 インターネットの普及で、こうした事件に対するコメントやSNSで意見を投稿する人が増えた。「政治とカネ」に対する社会の目はシビアになり、検審のメンバーもプロに言いくるめられるのではなく、こうした声(民意)を受け入れて判断した結果といえる。

 検審によって「起訴相当」と議決された場合、検察が再び不起訴としても、あらためて検審が「起訴すべき」と議決すれば強制起訴される。そうなれば、検察からすれば、司法のシロウト集団に判断をひっくり返されるわけで、メンツが丸つぶれだ。だから、起訴か略式起訴をせざるを得ないというわけだ。

 被買収の時効は3年で、河井元法相の確定判決は「19年3月~8月」と認定しているため、早い事件は3月中に時効を迎える。同一の事件で刑事処分をバラバラに出すことはまれで、今月中に「起訴相当」とされた議員らの運命が決まるはずだ。

 バッジに固執する議員はいま、気が気ではないだろう。