マンハッタンにある
老舗レストランも標的に

 ニューヨーク・マンハッタンのカーネギホールとメトロポリタンタワーの間に、95年前に創業された老舗ロシアレストラン「ロシアン・ティー・ルーム(RTR)」がある。

 アール・デコ調の高級感ある装飾が施されたお店は人気歌手のマドンナやフランク・シナトラなどエンターテイナーや観光客のぜいたくなたまり場となっていて、300ドル(約3万6000円)もするキャビアや高級シャンパンなどが人気だという。

 RTRの創業者は旧ソ連の共産主義独裁政権に反対して米国に渡ったそうだが、現在の経営者もロシアのウクライナ侵攻直後に発表した声明の中で、「私たちはプーチンに反対し、ウクライナを支持します。ウクライナの人々とともにあります」と述べている。にもかかわらず、お店のホームページには嫌がらせや脅迫などのメッセージが殺到しているという。

 こうしたロシア人排斥の動きは芸術界やスポーツ界にも広がっていて、ニューヨークのメトロポリタンオペラ(MET)では、プーチン大統領を公に非難するように求められたロシア出身の有名オペラ歌手、アンナ・ネトレプコが要請に応じなかったために降板させられた。

 METはCNNに宛てた声明で、「METとオペラにとって非常に大きな芸術的損失だ」「アンナはMETの歴史上最も偉大な歌手の一人だが、プーチン氏がウクライナで罪のない人々を殺害している現状では、他に方法がなかった」(2022年3月4日)と述べている。

 また、イギリスのウェールズでは、カーディフ・フィルハーモニー管弦楽団が予定していた公演プログラムからロシアの作曲家チャイコフスキーの音楽を外して、他の作曲家の音楽に差し替えた。時代の違うチャイコフスキーの音楽まで排除するというのは行き過ぎではないか。

 さらにこの動きはスポーツ界にも及び、米国とカナダで人気の北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)でプレーするロシア人選手が差別や脅迫を受けている。

 あるロシア人選手は路上を歩いていると、見知らぬ男に「荷物をまとめてロシアへ帰れ!」と罵倒され、また、別のロシア人選手の妻がインスタグラムに子どもと一緒に撮った写真を投稿すると、「ナチスの子どもだ」と差別的な書き込みをされたという。

 このようにプーチン大統領の戦争とは関係ない在外ロシア人がさまざまな分野で差別され排斥されているが、なぜこのようなことが起こるのか。

「戦争ヒステリー」による
悲劇は繰り返される

 そこには、戦争やテロ、災害などで人が極限状態に追い込まれたときに陥る「戦争ヒステリー」と呼ばれる特殊な心理状態がある。そうなると、人は不安や恐怖に駆られるあまり、誤った行動を取りやすいのだという。

 これは米国に限ったことではないが、特に米国はこれまで何度も「戦争ヒステリー」状態に追い込まれ、罪のない人々を差別し迫害してきた。

 最近では、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「チャイナ・ウイルス」「カンフルー(カンフーとインフルエンザの造語)」などと呼び、中国に対する憎悪をかき立てた。その結果、アジア系米国人に対する差別、暴力、嫌がらせなどのヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増した。

 また、2001年の9・11同時多発テロ事件の後にも、アラブ系・イスラム系住民に対する憎悪が一気に高まり、嫌がらせや脅迫、殺人などが相次いだ。