非難すべき相手を
間違えてはいけない

 大切なのはプーチン大統領とロシア政府に侵略戦争の責任をきっちり取らせることであり、ロシア政府と関係のない在外ロシア人をひとまとめにして差別し、攻撃することではない。非難すべき相手を間違えてはいけないのである。

 イギリスに6年間住んでいるというロシア人男性シェフはワシントン・ポスト紙の取材に、「ロンドンとモスクワで私が知っている(ロシア)人のほとんどは戦争に反対しています。私たちはロシア人であることをやめることはできないし、戦争をやめさせることもできません。私たちは今後もロシア人であり続けますが、隣人を殺そうとするロシア人ではありません」(2022年3月7日付)と語っている。

 それから彼は、「祖国については誇りに思っていることはたくさんあるが、今それについて話すのはふさわしくない。私たちはトルストイとドストエフスキーの国ですが、今はそうではありません」と付け加えた。

 繰り返しになるが、プーチン大統領は悪だが、在外ロシア人やロシアの料理(食品)、芸術、文化、文学まであらゆるものを排除・排斥しようとするのは間違っている。実際、ロシアの文化や文学は体制や権力を批判してきた歴史があり、それを排除するのではなく、むしろ積極的に学んで理解するべきではないか。

 世界中が反ロシアの集団ヒステリー状態に陥ってしまったようななかで、間違った行動をしないためにはどうすればよいのか。その良い模範を示してくれた人物がいる。

 前述の日系米国人の強制収容が行われた第2次世界大戦中、コロラド州知事を務めたラルフ・カー氏である。

 カー氏は当時のルーズベルト大統領を含めほとんどの政治家が強制収容を支持するなかで、「それは非人道的で、合衆国憲法に反する」と公然と反対し、州知事として他州を追われた日系人を受け入れ、彼らの基本的人権が損なわれないようにさまざまな支援を行った。

 カー氏がそうしたのは、真珠湾を攻撃した旧日本軍と当時の日本は敵(国)だが、米国市民である日系人は人種的には同じだが敵ではない、と両者をはっきり区別したからである。

 今世界各国の指導者や国民に求められるのは、カー氏のような強い信念と冷静な判断力、勇気ある行動ではないだろうか。

(ジャーナリスト 矢部 武)