BTSのファンたちは「ARMY」という愛称で呼ばれており、その結束の固さはよく知られている。自発的に示し合わせてYouTubeに集中してアクセスしたり、ツイッターで年間1億ものハッシュタグを作ったりした。BTSを知らない人にも、その魅力を知ってほしいという純粋な熱意からの行動に違いない。

 トランスメディアの仕掛けによって、ファン同士のコミュニケーションの場が生まれ、それによってARMYの結束はより強まったのではないだろうか。そこから先は、BTSやHYBEが何もしなくても、ファンが自発的に動いてくれる。

 事務所側も、このファン同士の「つながり」の力を信じ、より活用しようとしていると考えられる。HYBEは、2021年3月に、以前のBig Hit Entertainmentから社名変更しているのだが、新社名の「HYBE」には「連結、拡張、関係」という意味が込められているのだそうだ。この社名変更を受けて、同業者の間で「音楽事務所からITプラットフォームにくら替えするのでは」とのうわさが流れたという。

 実際、HYBEの子会社beNXは、それ以前の2019年6月から、ファン同士やファンとアーティストをつなぐモバイルアプリ「ウィバース(Weverse)」を運営していた。さらに2021年には、LINEで知られる韓国の大手IT企業「NAVER」がbeNXに投資・提携することを発表した。HYBEが、業態変更まではしないものの、プラットフォーム戦略を意識しているのは確かだろう。

 今、さまざまな業種で「プラットフォーム」を意識した取り組みが進められているようだ。前々回のこの連載で取り上げたモデルナ(2月22日配信『モデルナが「製薬業界のアマゾン」だといえる2つの理由』参照)も、製薬業界にプラットフォーム戦略を導入し成功した。これからは、プラットフォームを作るか否かではなく、どれだけ効果的なプラットフォームを作るかが勝負になってくるのかもしれない。

「いる」重視と「する」重視の
両方に対応したBTS

 では、なぜ日本からBTSのようなグローバルな人気アーティストが、なかなか生まれないのだろうか? 理由の一つに「戦略性」の有無があると思う。

 日本も「クールジャパン」と銘打って、アニメや漫画、日本料理など、海外の受けがいいコンテンツの「発信」は推進している。だが、もともとこれらのコンテンツは、日本から仕掛けたものではなく、海外で「発見」されたものを、後追いでプッシュしているものが多いようだ。そのため、どうしてもマニア止まりで、一般の人々にまで人気が広がらないのではないだろうか。

 それからもう一つ、ファンがアーティストに何を求めるかが、日本と韓国・欧米では微妙に異なるのかもしれない。

 これについては、予防医学研究者の石川善樹氏と人気ラジオアナウンサー吉田尚記氏が『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』(KADOKAWA)の中で分析している「推し」の心理がヒントになる。日本では、アイドルなど「推し」の対象に、ただ「いる」ことだけを求めているというのだ。たとえ歌やダンスがうまくない、すなわち「する」ことが劣っていても、グループに「いる」ことだけで推せるという人が多いのだという。これは、西洋にはあまり見られないファン心理である。

 BTSをはじめとするK-POPアーティストは、いずれもトレーニングを受けており、歌やダンスといったパフォーマンスのクオリティーはかなり高い。もしかすると、同じ東アジアである韓国のファン心理も日本と共通しているのかもしれないが、BTSらの世界進出に当たっては、欧米の「する」を重視する価値観に合わせた可能性がある。

 あくまで仮説だが、BTSの世界人気は、YouTubeでメンバーの素の姿を配信することなどで「いる」こと重視の価値観に合わせ、同時にステージでハイクオリティーのパフォーマンスを披露することで「する」こと重視の価値観に対応したことで生まれたのではないか。「いる」「する」を戦略的に組み合わせることで、ワールドワイドなニーズを満足させているのだ。

 本書は、エンタメ業界のマーケティング戦略にスポットを当てたものだが、その発想はもちろん他業種にも応用できるはずだ。参考にしていただきたい。

(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)

情報工場
BTSのメディア戦略の巧み、「情報の小出し」でSNSが盛り上がる理由
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