生活保護が
結局は利用されなかった謎

 刑務所出所後のT氏は、相続した2軒のアパート経営(大阪市此花区)によって生計を立てており、自らもその1軒に居住していた。2017年に入ると生活に困窮したが、生活保護の利用には至っていない。

 関西の生活保護の運用は、自治体や地域の姿勢による差が著しい。なるべく申請させない運用で知られている自治体もある。中には、「申請は受け付けられたものの、自宅に福祉事務所職員が押しかけて高圧的に申請取り下げを迫った」と当事者が語る事例もある。

 また、体が健康な50歳代男性に対しては、就労可能な年齢であることを理由として生活保護の申請を受け付けない自治体もある。大阪市の各区の中には、それらの不適切な運用で知られる福祉事務所もある。

 しかし、此花区で暮らしの安定と改善に取り組む「此花生活と健康を守る会」事務局長の松岡恒雄さんは、「生活保護(の申請)を受理されずに追い返された例はないし、保護開始後の人権侵害などの大きな問題もありません」という。

 申請者が「働ける」と考えられる場合も、「此花区では、申請は基本的に受け付け、生活保護の条件を満たしていれば保護開始、その後で就労指導を行うこともあります」ということだ。生活保護法をはじめとする法律や通知などに違反せず適切な運用を行えば、自動的にそうなるのだが、そういう自治体は多くない。

 1回目の生活保護申請を行った当時、T氏は前述の通り相続したアパート2軒を経営し、その1軒に居住していた。大阪府警の捜査担当者によると、入居者が1人おり、支払われるはずの家賃は合計月7万円だったが、4カ月にわたって家賃が滞納されたため生活に困窮。生活保護を申請し、受理された。しかし、保護開始にあたっての調査が行われている時期、入居者が家賃4カ月分にあたる28万円を支払ったため、保護開始とならなかった。

 生活保護の利用資格を一言で言えば、「預貯金がほぼなく、毎月の収入が生活保護基準よりも少ない」ことである。毎月の収入が7万円だったT氏には、もともと生活保護の利用資格があった。ところが、申請したそのタイミングで滞納されていた家賃収入が入り、T氏は生活保護の利用資格を失った。その結果、ケースワーカーの人的支援のもとで生活と人生を立て直す機会を失ってしまったのである。不運としか言いようがない。

 T氏の2回目の生活保護申請は、近日中の転居予定を理由として、自ら取り下げられた。その後、生活保護を申請した形跡はない。大阪府警によれば、T氏はキャッシングによって生活費を工面していたが多重債務状態に陥り、事件前月の2021年11月を最後に借り入れができなくなっていた。その時のT氏には、「生活保護と自己破産で人生を立て直す」という成り行きは訪れなかったようである。