7月7日、グリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)でのオリックス戦。マリーンズファンに語り継がれる「七夕の悲劇」である。

 ロッテの先発は黒木知宏。このゲームに勝てば連敗は16で止まる。16連敗はNPBのワーストタイ記録。負ければ記録更新とマスコミは取り上げ、ロッテベンチに余計なプレッシャーをかけていた。

 黒木は4回に自らの暴投で1点を失うも、8回までわずか2安打と完璧な投球を見せた。3‐1とリードしたまま9回2死・ランナー一塁の場面を迎えた。打席には強打のハービー・プリアム。2ストライクを取って追い込んだ次の球は内角低めのストレート。これをプリアムは強振、打球はものすごい勢いでレフトスタンド上段へ飛び込んだ。打った瞬間にそれと分かる大ホームランである。

 瞬間、黒木はぼうぜん自失の表情でマウンドにしゃがみこんでしまった。自ら立ち上がることもかなわず、続投できなかった。

 この同点アーチを小宮山はダグアウトから見ていた。

「よく頑張ったのに」

 後で分かったことだが、異常な蒸し暑さの中、黒木は脱水症状を起こしていた。

 このとき黒木はプロ入り4年目の24歳。98年は結果的にリーグ最多勝と最高勝率のタイトルを獲得している。まさに天下を取るような勢い。そんなエースがチームの連敗を食い止めるのに全身全霊で投げ、持てる力を振り絞って投げた一球だった。小宮山は「ボールは悪くなかった」と言う。

 黒木は抱きかかえられるようにマウンドを降りた。その後の延長12回裏、マリーンズの3番手投手がサヨナラ満塁ホームランを打たれて3‐7で敗戦。

 あの場面、黒木は全力を投入した。打たれはしたものの、小宮山はこれぞ「一球入魂」だと感じ入ったのである。チームにとって極めて大事な勝敗の外側に、小宮山は宝石の輝きを見ていた。

 それからさらに一つ負け星を重ねて迎えた7月9日、先発した小宮山がオリックス打線に14安打を浴びながらも9‐6と気迫の完投勝利。連敗を止めたのだった。

 苦しいときには誰しも近視眼的になる。今の早稲田ナインもそうなのかもしれない。だが、指揮官たる小宮山は、そんなチームの姿さえ俯瞰することができる。

 5月10日の東大との4回戦は5‐1と快勝。「厳しい戦いから得るものがあって、練習からしっかりとした形になった」と監督。今季初の勝ち点である。

(敬称略)

小宮山悟(こみやま・さとる)
1965年千葉県生まれ。早大4年時には79代主将。90年ドラフト1位でロッテ入団。横浜を経て02年にはニューヨーク・メッツでプレーし、千葉ロッテに復帰して09年引退。野球評論家として活躍する一方で12年より3年間、早大特別コーチを務める。2019年、早大第20代監督就任。