欧州による天然ガス禁輸は
ロシアに大打撃を与える「切り札」だ

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった当初、ロシアがEUなど天然ガス需要国に対して圧倒的交渉力を持つという見方があった。ロシアの資源量が圧倒的なのに対し、EUはエネルギー資源に乏しいからだ。

 そのためEUは、ロシアの天然ガスを利用した強引な外交攻勢や価格引き上げ攻勢に悩まされ、対ロ経済制裁に慎重にならざるを得なくなると考えられていた。

 だが本連載では、天然ガスの長距離パイプラインのビジネスでは、供給国と需要国の間で一方的な立場の有利・不利は存在しないのが現実だと指摘してきた。

 このビジネスは、一度パイプラインを敷設すると、物理的に取引相手を変えることができなくなる。にもかかわらず、天然ガスは石油・石炭・原子力・新エネルギーでいつでも代替可能なものだからだ(本連載第52回・p3)。

 ロシアが欧州向けのパイプラインを止めれば、単純に輸出の売り上げがなくなる。それを防ぐためにも、売り先は変えられない。パイプラインによる石油・ガスの輸出額の規模は、ロシアの輸出額の約6割を占める。また、ロシアのエネルギー輸出量に占める欧州向けの比率は、石油の5割超、天然ガスの7割超を占める。中国向けを増産しても、その穴はとても埋められない。これらが消失すると、ロシア経済への影響は甚大だ。

 一方、欧州は輸入コストが高くなるのを我慢すれば、ロシア以外からLNG(液化天然ガス)を買える。また、石油、原子力、再生エネルギーで代替可能だ。そのため、ロシアがEUに対して天然ガスパイプラインを使って圧力をかけることはほぼ不可能だ。

 実際、欧州は少しずつだが、ロシア以外の国から代替の石油・天然ガス調達を進め始めている(第298回・p4)。徐々に、ロシアからの石油・天然ガス禁輸への備えを固めているということだ。欧州によるロシア産天然ガスの禁輸は、ロシア経済に大打撃を与える「切り札」であるといえよう。

「スーパーメジャーズ」撤退で
ロシアの原油生産量は減少へ

 一方、石油に関しては、現時点では国際価格より30%も割安なロシア産原油を魅力的と感じる国が少なくないという指摘がある。実際、ロシア産原油の輸入量が増加している国もある。

 ロシアによる4月の原油輸出量は、米国向けは前年比83%、ドイツ向けは79%、英国向けは70%と落ち込んだが、インド向けは8.4倍、トルコ向けは2.4倍に増え、中国向けは13%増加したとする報道も出ている。

 それでも長期的に見れば、ロシア産原油の生産量は大幅に減少するだろう。一部報道によると、今年のロシアの原油生産量は、前年と比べて最大17%減少する可能性があるという。それは、EUなどの禁輸だけが原因ではなく、ロシアの石油生産そのものが停滞するからだ。

 米エクソンモービル、英BP、英シェルなど、「スーパーメジャーズ」と呼ばれる石油大手が次々とロシアから撤退を決めている。スーパーメジャーズは、単にロシアから石油を購入していただけではなく、ロシアに石油掘削、精製等などの生産技術を提供してきた。

 こうした企業が撤退すれば、ロシアは石油を生産できなくなる。油田は次々と閉鎖に追い込まれることになるだろう。