中出氏はインサイダー取引当時、農協系出版社、家の光協会の会長を兼任し、JAグループの最高幹部の一人といっていい地位にあった。地位を乱用して絵に描いたようなインサイダー取引を行ったことに驚くばかりだが、さらに驚愕してしまうのは問題発覚前後の身の処し方だ。

 インサイダー取引が表沙汰になる前の4月、中出氏は全農の役員を一身上の都合で辞任した。任期途中の辞任は異例だが、全農内部では語るのもはばかられる雰囲気だったという。

 中出氏はJAならけんの代表として全農の役員に選任されたにもかかわらず、辞任の事実やその理由を農協内で十分に説明していないようだ。記者が複数の関係者に取材したところ、事実を把握していた職員はいなかった。

全農の役員辞任後も
JAならけん会長は続投の非常識

 中出氏は記事執筆時点(6月14日午前)で農協会長に居座っている。前述の謝罪文の後半には「(農協の)事業運営を滞らせることのないよう、精励していく」と続投表明とも取れる内容が記されている。

 農協内でも続投への地ならしに余念がない。ある職員は謝罪文掲載直後、「インサイダー取引は中出会長が全農役員時代にしたことで、農協とは無関係だと管理職から言われた」。別の職員は「外部から聞かれたら全農に直接問い合わせてもらうよう指示された」と話す。

 つまりインサイダー取引は全農の問題であって、中出氏は全農の役員を辞任して責任を取ったので、農協会長を辞める必要はないという認識のようだ。JAならけんの元役員は「中出氏は12年間以上、農協を牛耳っている。周辺はイエスマンばかりで中出氏に鈴を付けられる人はいない」と内情を語る。

 JAならけんは1兆4426億円の貯金残高を有する金融機関だ。インサイダー取引を行った人物がトップを続けることは常識的には考えにくい。

「重大な問題だ。県としての対応を速やかに決める」(農協を監督する奈良県農業経済課)、「内部者取引を行ったことが事実なら大変遺憾」(金子原二郎農相の6月10日の会見での発言)など、行政からも批判の声が上がっており、中出氏が農協会長辞任を回避できるかは不透明だ。

 JAならけんの年に1度の総代会(株式会社の株主総会に相当)は25日に開催される。ここで中出氏が再任されるかが焦点だが、組合員側から解任の決議を求めるには正組合員(約4万4000人)の5分の1以上の署名が必要で、ハードルは高い。

 JAならけんの“モラル崩壊”はトップのみにとどまらず、末端の職員にまで及んでいるようだ。

職員の自爆営業や保険の不適切販売
パワハラも発覚

 ダイヤモンド編集部は、農協による自爆営業(職員が営業ノルマを達成するために本来、必要のない保険などに加入すること)の実態を調べるため、全国の農協職員らにアンケートを実施。877人から回答を得た。

 全国551農協の中で「共済(保険)の自爆が『ある』、または『あった』」という回答が最も多かったのがJAならけんだった。自爆報告数は50件に上り、共済の不適切販売が横行していることも取材で明らかになった(詳細は『週刊ダイヤモンド』5月28日号特集「儲かる農業2022」ダイヤモンド・オンライン特集「JA自爆営業の闇 第2のかんぽ不正」参照)。

 ある職員は、「ノルマが未達になりそうだと支店長や副支店長に呼び出され、一対一の状態で机を蹴られて、目標必達を求められる」とパワハラの実態を暴露した。

 中出氏の長期支配により、JAならけんはガバナンス不全に陥っている。膿を出し切り、組織を再建するには幹部を刷新するだけでなく、組織風土や事業推進の在り方を根本から改めるしかない。

農協職員&家族アンケート