長期間の生活治療が効果あり
頭よりも足を使おう

大塚邦明教授大塚邦明教授

 MCIの治療についても光明が見いだされた。

 大塚教授らはToCA‐MCIの実施によってMCIと診断された住民を対象に、(1)MCI追跡調査で認知症への進行を予知することができるか、そして(2)遅くなった歩行速度と低下した認知機能を改善するための総合的生活指導(以下、生活治療)を1年以上実施することで認知症への進行が抑制されていたかを観察した。

 具体的には、浦臼町が主催する2時間の歩行訓練を主眼とする筋力増強教室(貯筋教室)と頭の体操、栄養指導を含む総合的生活指導(お達者クラブ)の生活治療教室への参加を呼び掛けたのである。

 この介護予防のための生活治療は、毎週決まった時間に定期的に実施された。

 まず、保健師・看護師による健康チェックの後、作業療法士の指導のもと、25分間の集団体操(足首、足指、膝、股関節、腹筋、腰と胸郭、肘・手首・指、肩、頸部の運動、深呼吸)、休憩5分、10分間の頭の体操1(輪ゴムを使った指の運動)、15分間の毎回週替わりの頭の体操2(1人か2人に対し職員1人がついて応用歩行、バランスパッドの上で足踏みなど)、ティータイム10分のスケジュールで実施された。参加は45回以上すなわち1年間を原則とし、以降は自宅で継続。1年を超えての継続利用も可とした。

 その後、2380日間の追跡調査により、これらの取り組みが認知症への進行の予防につながることが観察された。

「2380日間の追跡調査中に認知症に進行した住民は、生活指導教室に1年間以上(週1回の頻度で45回以上)参加した群では、14人中1人(7.1%)だけで、対照群の26人中10人(38.5%)に比べて0.19倍も少数でした」

 しかも、生活指導教室参加群は対照群に比べて歩行速度が速く、ロコモティブ症候群、サルコペニア、フレイルの頻度も少なかったことが確認されている。

「MCIや超高齢者に見られる歩行速度の低下には、脳の機能的ネットワークの異常が関係しており、例えば8週間程度の介入で運動機能を改善させると、脳の機能的ネットワークの異常が改善され、認知機能の低下が改善することが報告されています」

 以前、リハビリテーション医学の名医である藤田医科大学の大高洋平教授は交通事故による意識障害の患者さんのリハビリについて、次のように言っていた。

「(リハビリに有効な)最も強い刺激は立つことなんですね。重力にあらがい、起き上がらせることが重要です。健常な方でも、寝ていたら覚醒は下がりますよね。逆に起き上がれば上がる。意識の底の深さは無限。ものすごく深い人もいれば、それほどでもない人もいる。起き上がらせる刺激によって、底に沈んでいた意識を少しずつ浮かび上がらせるのです」

 立つよりもさらに強い刺激になる歩行が、薬よりも頭の体操よりも認知機能の回復に良い影響を与えるであろうことはうなずける。

 今回の調査は、歩行への介入治療が脳の機能的ネットワークの多彩な領域に働きかけて認知機能の低下を改善し、認知症への進行を予防している可能性を示唆している。同時に、2~3カ月の短い生活治療よりも1年を超える長期間の生活治療のほうが有効であることが推察された。

 また、高齢であるほど脳の機能的ネットワークの回復が悪いとの報告もあり、「できるだけ若年期に生活治療を開始することが望ましい」と大塚教授はアドバイスしている。

(監修/東京女子医科大学名誉教授、東京女子医科大学特定関連診療所戸塚ロイヤルクリニック所長 大塚邦明)

大塚邦明(おおつか・くにあき)
東京女子医科大学名誉教授、東京女子医科大学特定関連診療所戸塚ロイヤルクリニック所長。専門は循環器内科学・時間医学・老年医学・高所医学・宇宙医学。