第二は政策当局「全体」に対する信認の問題である。この点について、筆者の判断を大きく左右しているのは、2000年8月のゼロ金利解除時の経験である。筆者は、この時の日銀のゼロ金利解除は必要がなかった、と考えている。しかし、ゼロ金利解除についてのより大きな失敗は、0.25%の金利の変更をめぐって政府が議決延期を請求し、日銀がこれを否決するところまで突き進んだ点にある。不毛な対立関係が大きくクローズアップされ、連携の不在があからさまになったことで、政策当局が全体として失ったものは極めて大きかった。

 細部に多少の意見の相違があっても、大枠では政府と日銀が本気で協調しようとしている、と内外に認識されることが日本にとって特に重要だ。独立性侵害に関心が集まる中での連携姿勢が、「従属」と誤解されることを懸念する思いも日銀の中にはあるだろう。しかし、独立性を持つ政策当局としての判断のなかに、現在の日本の社会および経済の状況のもとで、政府と中央銀行が激突するのは好ましくない、という要素の重みも含まれるはずである。

 安倍政権は再登場であるだけに、新政権への批判を控えるハネムーン期間は不要、とも言われる。しかし、国民はこの国の統治機構の混乱に嫌気がさし、何より経済再生を強く願っていると思われる。それだけに発足から日が浅い新政権に対して、日銀がその順調な立ち上がりに向けて極力サポートすることは自然だろう。

 むろん、安倍総理がこれまで折にふれて展開した日銀による国債購入論や為替レート操作論などには危うさを感じさせるものも多い。それだけに、日銀は中央銀行として、連携のなかで気概を持って意見具申することが必要だ。安倍政権サイドも、協調をうわべのものにしかねない威圧型スタイルの孕むリスクを認識し、金融市場の専門家である日銀の言い分にも十分耳を傾けて、前向きな連携環境を作り出すべきだろう。