「モデル、実証、開示、対話」の
トータルパッケージが必要

 前回紹介したように、世界の投資家は「日本企業にはESG(非財務資本)と企業価値の関連性を証明してほしい」「本来は日本企業のESG(非財務資本)の価値をPBRに織り込みたい」と考えていることが、筆者の長年の機関投資家サーベイからも明らかになった。

 日本企業がESG経営の見えない価値を説明して市場の信認を得れば、それが見える化されて、企業価値評価は倍増できる蓋然性がある。時価総額の向上は、年金の株式運用リターンの改善、企業の資金調達や再投資、人的資本や知的資本への積極投資、従業員のモチベーション、パーパスのさらなる追求、経済的な波及効果などを通じて、国富の最大化に資すると信じている。

 その方法論として、実証研究の証拠と具体的な企業の開示事例とともに、筆者は柳モデルを日本発で世界に向けて発信している。

 例えば、柳モデル(IIRC-PBRモデル)のエビデンスとなる実証研究としては、筆者が関わったものでは、中央大学の冨塚嘉一先生のチームが日本のヘルスケアセクターを対象として旧IIRCの5つの非財務資本とPBRの正の相関を実証した研究(冨塚2017)がある(図表3)。

 この実証研究では、日本のヘルスケアセクターにおいても、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本とPBRには正の相関がある。やはり「企業は人なり」、特に人的資本とPBRの正の相関が強いことは示唆に富む。この結果は、ESGとPBRの正の相関、すなわちPBR仮説および柳モデルを裏付ける定量的な証拠の1つである。

 また、日本企業の実際の開示事例としては、KDDI、日清食品、NECなどが柳モデルを公式採択している。

 柳モデルは今回示した狭義の概念フレームワークだけに矮小化されるものではなく、広義では、「モデル、実証、開示、対話」の4つのトータルパッケージで世界の投資家を説得していく「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」である。

 筆者はエーザイ財務担当の10年間で年間200件、延べ2000件の投資家面談を行ってきた。またIR部門はチームとして年間800件前後の対話をこなしていた。まさに世界中へESGジャーニーに出ていたのである。

 次回以降、柳モデルの証拠となる複数の実証研究、ESGの会計の提案、パーパス経営、相関と因果など、理論と実践を交えて、より深掘りしてまいりたい。

【参考文献】
冨塚嘉一 (2017)『非財務資本は企業価値に結び付くか?―医薬品企業の統合報告書に基づく実証分析」(『企業会計』2017年7月号、69(7):116-122.)
柳良平 (2009)『企業価値最大化の財務戦略』同友館.
柳良平 (2021)『CFOポリシー第二版』中央経済社.
Falsarone, A. (2022) “The Impact Challenge”. CRC Press.
IIRC (2013) “The International IR Framework. International Integrated Reporting Council”.
Ohlson, J. A. (2001) “Earnings, book values, and dividends in equity valuation: an empirical perspective”. Contemporary Accounting Research 18 (1):107-120.
Yanagi, R. (2018) “Corporate Governance and Value Creation in Japan”. Springer.
Yanagi, R. and Michels-Kim, N. (2021) “Eisai’s ESG Investments”. Strategic Finance (IMA): 2021(5).
 

(早稲田大学大学院 会計研究科 客員教授、アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー 柳 良平)