テクノロジーで感情を「共有」する

上岡 私も「体験」にずっと興味を持っていました。そこで、体験をデジタル化することで、従来は記憶でしか残らなかった「主観的な体験」をデータとして記録したり、体験を誘導・共有するシステムの研究開発を進めてきました。

 体験のデータ化という点では、人間のライフログを可視化する方法を開発しました。人間の一生を仮に80年として、それを丸ごとQVGAフォーマットのMPEG-4圧縮で記録すると10テラバイトぐらいに収まるのですが、再生するのにとてつもない時間が必要となります。そこで、非連続で飛び飛びに管理されたライフログを時間軸や空間軸にそろえ、要約して表示する方法について研究していました。

 体験を誘導・共有するシステムの開発では、感情を人工的に誘導する仕組みの研究を進めています。例えば、VRで恐怖映像を見ている人に外部から心音に似た振動を与え、少しずつ自分の心拍に振幅を近づけながら周期を早めていくと、振動に同期して自分自身の心拍が上がって恐怖感情が増幅するのです。地震や津波のような災害では、どんなに高精細の映像で記録しても体験の怖さを伝えることは難しい。そうすると、実際に体験した人がいなくなるにつれて、共有すべき記憶が風化してしまいます。映像とともにそれを受け取る側の感情が誘導できれば防災にも役立つのではないかと考えました。

身体から生えてくる!柔らかいロボットがもたらす新しい体験価値上岡玲子 Ryoko Ueoka
東京大学大学院先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)九州大学大学院芸術工学研究院准教授を経て、ウィズコロナ後の人生100年時代に向けた新しい働き方の基盤作りを目指し、2021年、株式会社zeroinon設立。同社代表取締役社長、東京大学先端科学技術研究センター 先端研客員研究員を兼務する。https://zeroinon.jp Photo by ASAMI MAKURA

――楽しい、うれしいといったポジティブな感情なども誘導できるのでしょうか。

上岡 恐怖は生死に関わる強い感情であると同時に、個人差が少なく、多くの人に共通する生理反応なので誘導がしやすいといえます。それに比べて、ポジティブな感情は価値観や文化の差によって感情の捉え方の違いが大きいため、人為的に誘導することは難しいです。それでも、呼吸を理想的な呼気と吸気のリズムに誘導することで、リラックスした状態を導くといったことは研究で検証しているところです。

――主観的な感情を記録したり誘導したりできれば、他者との感情の共有がしやすくなりますね。

上岡 人と人が体験や感情を共有し、共感することは大事だと思っています。私は21年に「zeroinon(ゼロイノン)」という会社を立ち上げたのですが、そこで、遠隔でフィールドワークに参加できる「CoMADO」というツールを開発し、現在リリース準備中です。これは、Zoomのようなオンライン会議システムと違い、共有した映像に「あれ」「これ」などの指示語で指差しをしながら会話ができることが特長です。シンプルな指差しの共有が、言葉になる前の気付きや感情を共有するのに役立つはずです。