多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかるSDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』の出版を記念して著者である桑島浩彰氏、田中慎一氏、保田隆明氏にインタビューを行なった。

【特別鼎談】グローバルトレンドから見えてくる「ESG経営」の真の重要性Photo: Adobe Stock

SDGsとESGとの共通点

――今回発刊された書籍タイトルは『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』となっていて、“SDGs”と“ESG”というワードが入っています。両者の関係性はどのように捉えるとよいのでしょうか。

保田隆明:まず前提としてSDGsとESGは似て非なるものなのですが、共通する要素を挙げるとすると「サステナビリティ」になります。

 SDGs(Sustainable Development Goals)は文字通り、「持続可能な開発目標」を意味する一方で、ESG(Environment/Social/Governance)にはサステナブルというワードは入っていません。

 ただ、ESGが目指すところはSDGsと同じ「サステナブルな社会」であって、それを実現するために企業がどんな取り組みをすべきか、その項目を表現したものがESGになります。

 あえて乱暴に簡略化して、SDGsというのは法人も含めた市民レベルでのアクションプランで、それを実行できているか否かを測るものとしてESGが存在していると考えるとわかりやすいのではないでしょうか。

 そして、ESGは「ESG投資」という文脈で語られることが多く、投資家は「社会的な課題解決が事業機会を生む」と考えて、ESGに注力している会社に資金を投じるという構図が出来上がっているわけです。

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痛い目に遭いながらも、改善に取り組むアメリカ

田中慎一(以下、田中):では、ESGのそれぞれの項目、すなわち、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)における各国のフォーカスポイント、あるいは進捗具合は同程度であるかというと、かなりでこぼこがあるのが実際のところです。

 ESGの中でも、一番フォーカスされることが多いのが、「環境」(E)になります。これは当たり前といえば当たり前で、私たち日本人も、「10年に一度の大雨」「100年に一度の災害」に直面する機会が増えているように、環境問題は世界的に喫緊の課題になっているからです。

 一般論として、世界のメガトレンドに対して日本は遅れがちであることは事実ですが、「環境」という観点でいえば、急速にキャッチアップが進んでいます。

 たとえば、当時の菅総理が、2050年にカーボンニュートラルを実現することを宣言したことで、日本企業のギアも一段上がりました。また、TCFD(気候関連財務開示タスクフォース)対応については不十分という声もありますが、日本企業の採用数は多く、その点は評価すべきだと思います。

 2番目の「社会」(S)は、人的資本経営、人的資本投資という文脈で語られることが多いテーマになります。

 それと同時に最近にわかに注目されているSに関するテーマが、「人権対応」であり、この点においては残念ながら日本社会は遅れていると言わざるを得ません。

 では、世界の国々が100点満点かといえばそういうわけでもなく、痛い思いをしながら、批判されながらも改善に取り組んでいる状況です。

 たとえば、アメリカの例でいえば、“Black Lives Matter”、ディズニーとフロリダ州が争っている“Don't Say Gay Bill”(ゲイと言ってはいけない法案)は社会的な対立を引き起こしていますし、直近では、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が覆されたりと、一進一退が続いている状況と言ってよいでしょう。

桑島浩彰:移民国家であるアメリカは長らく人種問題をはじめとする人権問題に直面していることもあって、課題も多い分、日本よりも進んでいるというのは間違いないですね。

 3番目の「ガバナンス」(G)については、2001年に破綻したエンロンの衝撃もあって、私が留学のために渡米した2000年代後半頃には「ガバナンス」に相当注目が集まっていました。

 アメリカと一口に言っても、地域によって温度差はかなりますが、私の感覚でいえば、アメリカにおいては、「社会」と「ガバナンス」とが先行して、そのあとに「環境」がフォーカスされ始めたという印象です。

欧米各国が改革を急ぐ理由

――各国、地域によって、ESGへの取り組み度合いにはグラデーションがあるということですが、なぜ、経営においてESGが求められるようになってきたのでしょうか。

田中:ESGへの対応が求められる理由として書籍のなかでは、「格差から生じる社会の分断を解消するため」「気候変動を含む環境問題を解決するため」の2点をメインに挙げています。

 アメリカの例でいえば、周知のとおり、アメリカの富の多くは富裕層に集中しています。先述した“Black Lives Matter”、あるいはトランプ現象も、社会の分断という要素を多分に含んだものでした。

アメリカの富裕層

 2点目の環境問題も深刻の度合いは年を追うごとに高まっていて、アメリカの寒波、ヨーロッパの熱波の例を挙げるまでもなく、世界各地での異常気象は連日のように報道されています。

 そして、ESGにまつわる課題が厄介なのは、互いに密接に関連するケースが多く、切り離して考えるのが難しい点です。

 気候変動ひとつとっても、先進国が原因の大半を作り出したにもかかわらず、壊滅的な影響を受けているのは、多くの場合、途上国です。途上国の人々は身の危険を感じるほどの異常気象に直面し、食糧難に陥ることも少なくありません。その結果、政情が不安定になり、世界のあちこちで暴発が起こっているのです。

 ジャスミン革命に端を発した「アラブの春」は、SNSが引き金となって政権を倒した民主化運動として広く知られていますが、その背景には大干ばつによる飢饉があったと言われています。さらに、運動が激化したことで多くの難民が生まれ、受け入れ先の1つであるヨーロッパ諸国でも、国民からの反対の声があがったりと混乱をきたすことになったのです。

 話が長くなりましたが、要するに、「気候変動」をきっかけに、社会の分断が起き、その結果として、先進国の経済基盤、社会基盤が脅かされるということが、あちこちで起きているわけです。

 島国の日本からすると、ヨーロッパが打ち出した「EUタクソノミー」といった動きは急進的に見えるかもしれませんが、彼らからすると、それくらいの速度で取り組まなければ、間に合わないという危機意識があるわけです。

 つまり、自国、あるいはEU域内だけでなく、グローバルに高いハードルを掲げて取り組む必要があるという欧米各国の動きを受けて、ESG経営が世界的な潮流になりつつあるのです。

※本記事は『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』の出版を記念したインタビューを記事化しています。

桑島浩彰桑島浩彰(くわじま・ひろあき)
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院エグゼクティブ・フェロー/東京財団政策研究所主席研究員/K&アソシエイツ取締役
1980年石川県生まれ。東京大学経済学部経営学科卒業。ハーバード大学経営大学院およびケネディ行政大学院共同学位プログラム修了(MBA/MPA)。三菱商事、ドリームインキュベータ、ベンチャー経営2社を経て、現在に至る。主な著書に『日本車は生き残れるか(講談社現代新書)』等。北カリフォルニア・ジャパンソサエティ理事。米シリコンバレー在住。
田中慎一田中慎一(たなか・しんいち)
財務戦略アドバイザー/インテグリティ代表取締役
1972年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、監査法人太田昭和センチュリー、大和証券SMBC、UBS証券等を経て現職。NewsPicksプロピッカー、アドバイザリーサービスに加え、買収後の企業変革、ターンアラウンドマネージャーとして買収先企業の再建に取り組むほか、スタートアップ企業のCFOを務める。著書に『コーポレートファイナンス戦略と実践(ダイヤモンド社)』など。
保田隆明保田隆明(ほうだ・たかあき)
慶應義塾大学総合政策学部教授
1974年兵庫県生まれ。リーマンブラザーズ証券、UBS証券に勤務後、SNS運営会社を起業。同社売却後、ベンチャーキャピタル、神戸大学大学院経営学研究科教授等を経て、22年4月から現職。主な論文、著書に『株式所有構造と企業統治』、『地域経営のための「新」ファイナンス(中央経済社)』等。2019年より2年弱スタンフォード大学客員研究員として米シリコンバレーに滞在し、ESGを通じた企業変革を研究。上場企業の社外取締役も兼任。博士(商学)早稲田大学。