スタートアップ企業が“バディ”に選ばれる条件

政府は2022年をスタートアップ創出元年とし、経団連は2027年までにスタートアップ企業数、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)数とも、現在の10倍に増やす目標を掲げ、CVC投資やオープンイノベーションの動きを加速している。スタートアップ企業に大きなチャンスが訪れているわけだが、有力な投資先・提携先として認められなければ始まらない。既存企業の“バディ”として、どんな経営者が求められるのかを解説する。

パラレルアントレプレナーが挙げる4つの条件

 スタートアップ企業からエンジェル、VC、CVC、また協業する既存企業のすべての視点を持つのが『パラレルアントレプレナー』著者であり、東証プライム上場企業・株式会社テラスカイの代表取締役社長を務める佐藤秀哉氏だ。

 新しい事業分野を見つけると、時には何年もかけて社長を任せる人材をスカウトし(同書では「バディ」と呼んでいる)、会社を設立する。

 テラスカイグループとして傘下にCVCを保有するほか、佐藤氏は新たな事業分野を見つけると、社長を任せられる人材をスカウトし、新会社を共同で設立し、自らは社外取締役として経営に伴走。2019年に1社、2022年2月にBeeX(現グロース市場)、9月にキットアライブ(アンビシャス市場)を上場させたほか、テラスカイグループの一員として7社が成長を続けている。

 佐藤氏は著書の中で、前出の社長を任せられる人材=バディの条件について語っている。すなわち、既存企業がスタートアップ企業と手を組む際に、経営者に求める条件と考えていいだろう。

 同書で佐藤氏が挙げている条件を整理すると、「(1)上場の先を考えているか」「(2)人を連れてくる力があるか」「(3)ステークホルダーを整理できているか」「(4)同じ志を持っているか」の大きく4つがポイントになっている。以下、順に見ていく。

上場の先を考えているか

 佐藤氏はいわゆる「上場ゴール」を否定しているわけではない。どう考えるかは各経営者の問題であり、「上場の可否は取引所が、株価はマーケットが決めること」というスタンスだ。出資者がエンジェルやVCであれば、上場をゴールとしてもキャピタルゲインの目的は達成されることになり、利害は一致することになる。

 CVCから投資を受けるのであれば、事情は違ってくる。キャピタルゲイン狙いのCVCもあるが、企業規模の大きいCVCはキャピタルゲインを主目的としない。業績に影響するほどの収益とはならないからだ。将来的に事業シナジー効果が見込めることが前提であり、自社の売り上げや事業領域を拡大し、持続的な収益を上げることを狙いとする。協業も目的は同じだ。

 したがって、既存企業から投資・提携先に選ばれるには、上場をゴールとせず、事業を成長させ続ける意欲が求められる。佐藤氏もパラレルアントレプレナーが求めるバディの条件として意欲を重視している。

 一方で、実際のスカウトの事例として、一般企業の会社員を5年かけて口説いたケースや、独立はしても経営者にはなりたくないというバディに、佐藤氏が1年間経営者を務めて、社長業を知ってもらってから交代したケースも紹介している。逆に意欲があっても、誰もが認める能力がなければスカウトすることはないという。

人を連れて来られる力があるか

 佐藤氏がスカウト活動を行う際に、特に重視しているのはバディの人を集める力だ。10~20人単位で引き連れてこられれば、結束も強くスタートダッシュに成功しやすい。人を集められるということは、人望があるということである。人望があるということは誠実な人柄であることを示している。

 パラレルアントレプレナーのシステムでは、テラスカイ社の営業担当もバディの商品・サービスを扱い、経理・総務・人事などバックオフィス業務も軌道に乗るまで担う。これらの支援はすべて、本業に注力してもらうためのものであり、コア業務の人材についてはバディが用意するのが原則になっている。

 スタートアップ企業においても、既存企業との協業を考える場合、コア業務の人材だけは極力自前で揃えるようにしたい。既存企業が期待するのは、自社の保有しない革新的な技術や人材である。仮に既存企業から人材が供給されたとしても、エース級が投入されることはまずないというのが実状である。

ステークホルダーを整理できているか

 パラレルアントレプレナーは原則、新規に設立する会社のみを対象としている。すでに設立されている企業には、当然のことながらステークホルダーがいて、後から入ってくる出資者を歓迎しないからだ。経営に伴走して深いつながりを持つパラレルアントレプレナーはなおさら煙たがれることになる。

 なかでもVCが出資している場合、新たな出資者は歓迎されない。自分たちの持ち分が希薄化して、キャピタルゲインが減るからだ。そもそも、一般的にはVCとの契約時に制限をかけられていて、有望なスタートアップ企業ほど、扉が閉ざされてしまっている。

 裏を返せば、スタートアップ企業がVC、CVCから出資を受ける場合には、慎重に相手を選ぶことだ。佐藤氏によれば、経営指導を謳っているVCでも「定期的に経営者に面会し、業界ごとの都合を考慮しないまま財務のアドバイスを時々する程度」の薄い関係にとどまるとしている。

 ちなみに、テラスカイ社のCVCとパラレルアントレプレナーも、投資テーマはどちらも日本のクラウド・コンピューティングに関連するスタートアップ企業だが、CVCはテラスカイの経営判断からは独立した投資委員会形式となっているほか、出資比率や経営へのコミットの深度などですみ分けている。

 なお、親族や配偶者などが社員に名前を連ねている場合には、再考すべきだという。将来の上場をめざす際に障害になるケースが多いためだ。同じ業務を任せられる人材はほかにもいるはずだ。

同じ志を持っているか

 CVCならともかく協業ともなれば、既存企業側が自社の経営ポリシーに賛同してもらえるところと組みたいと思うのは当然のことだ。実際、賛同してもらえているほうが、成功の確率が高まることは言うまでもない。

 反対に危険なサインとして佐藤氏は「お金を持っていることを自慢する経営者」を挙げている。タワーマンションに住んでいる、高級車を買ったなどの話や儲け話を好む相手は信用しないという。そうした経営者は経験上、事業はお金を集めて役員報酬を増やすための手段と考えていて、上場についても“ゴール”に設定しているタイプが多いからだ。

 こうしたタイプはいわゆる金遣いも荒く、「BtoCであれば、経営者自らが派手な広告塔になる効果を期待できるケースもあるのかもしれませんが、BtoBではまったくのノイズで、成功の妨げになります」としている。

 特にIT業界をはじめ、エンジニアの売り手市場は当分続くはずだ。エンジニアファーストで報いる経営者でなければ、人材流出により苦難に陥ることは容易に想像できるだろう。

 以上、スタートアップ企業の経営者が既存企業から選ばれるための条件をお話ししてきた。最後にひと言添えると、上場ゴールと同様に、選ばれることがゴールではない。選ばれてもひと息つくのではなく、事業を成功に導くことが経営者の役目であることを忘れてはならない。