しかし、身近な人とだけ会話をしていると恐ろしい現象が起きました。気を使った話し方を忘れるので、そうでない人とは話せなくなったのです。また、声を出さないでいたためでしょうか、声を出す筋肉が衰えたのか言葉が思うように発せないのです。そのため高校生の頃には、本当の自分を出そうと思っても、特定の人の前以外では全く言葉が出せない状態にまでなってしまいました。

 そんな自分を変えたいと思い悩んだ結果、親に頼んで高校卒業後にアメリカに留学する道を選びました。アメリカ人は堂々と自己主張する人たちだから、そんな人に囲まれれば自分も変わるだろうと思ったからです。

 とはいえ、渡米しただけで会話力が身につくはずもありません。言葉の壁もあって、「会話ができない」というストレスは人生で最高といえるほど溜まりました。

 人生の転機は入学したアート系の学校でハリウッド式の映画製作、演技、自己表現を学ぶ事にしたことで訪れました。そこで本書で紹介するインプロという、即興での会話力を鍛える授業に出会ったことで私の人生はV字回復するのです。

 本文でも紹介しますが、インプロの中心となっている教えは、「YES, AND」という考え方です。これは、相手の考えを肯定的に捉え、自分の心にある本音を相手にぶつけようというものです。しかも、それを簡単なゲームをやる事で体に染み込ませます。

 当時の私は全てを否定的に捉え、過剰に自分を抑圧し、結果的に爆発してばかりでした。そのため、インプロゲームをしながら、相手を信頼して、自己表現するというのが目からウロコで、本当に心地よく、救いとなったのです。そして、インプロを身につけて以降、急速に人生がよい方向に変わっていきました。

センスは不要!
練習で身につくメソッドが確立しています

 インプロとは英語で「即興」という意味を略したものです。そして、インプロの授業では、台本のない会話を、どう盛り上げるかを芝居やゲームなどを通じて学びます。初めて聞いた人は、「芝居? そんなの無理ムリ」と思うかもしれません。しかし、センスや才能は必要ありません。すでに海外ではインプロは科学的に研究され、その技術を誰でもカンタンに身につけるためのゲームを利用した「習得術」が用意されています。

 例えば、インプロの代表的なゲームに、One Word というゲームがあります。これは、数人で1人が1単語ずつ(日本語なら文節でOK)順番に言っていき、話を作っていくゲームです。例えば、「今日は」→「みんなで」→「掃除を」→「する日です。」という具合で、話しが盛り上がるように、皆で工夫して話を作っていきます。これぐらいなら、難なくできそうな気がしませんか。

 このゲームをやっている間は、引っ込み思案な人でも、少くとも1単語は必ず発言します。これは何を意味するのかというと、順番が来たら、必ず1つは自分のアイデアを他人に披露しなければならないという事です。シャイな人は自分の考えを人に知らせるという事に全く慣れておらず、「恥ずかしい」と感じる人が多いのです。このゲームを行う事で、「他人に自分のアイデアを提示する」という行為に慣れ、精神力も鍛えられるのです。

 また、逆に自分のアイデアを人に押し付けすぎるようなタイプの人が、このゲームをしていると、話が続かなくなることがあります。例えば、もし掃除を一生懸命する人が主人公の話で盛り上がりだしているのに、急に誰かが自分が掃除が嫌いだからと「サボりたくなって」という一言を入れたらどうなるでしょうか。そうすると、主人公のキャラが破綻し、周囲が混乱し、とたんに話が続かなくなってしまいます。

 とはいえこれは所詮ゲームです。ですから、自分の順番で言葉が出てこないとか、話しすぎてしまうとか、そういう失敗をしても、多くの人は「失敗したぁ(笑)」程度の精神的ダメージで済みます。そうやって、会話における「失敗に慣れる」という事を繰り返し体験する事で、例えば、「初対面の人に、この話題をしてウケなかったらどうしよう?」というような不安を減らしていく事ができるようになります。