橘玲の世界投資見聞録 2013年4月2日

[橘玲の世界投資見聞録]
地中海の小国・キプロスの経済危機を
収束させた預金者負担の後味

 生き延びるための戦略が金融業だった

古代ギリシア時代のクリオン遺跡。紀元前14~13世紀 (Photo:©Alt Invest Com)

 キプロスはもともと漁業と農業しか産業のない島で、そのうえ北キプロス(トルコ)と戦争状態にあったから、ひとびとの暮らしは貧しかった。だが冷戦が終わり、ソ連が崩壊する頃には治安もかなり改善し、欧米諸国から観光客がやってくるようになった。キプロスは温暖な気候に恵まれ、古代ギリシアや古代ローマの素晴らしい遺跡がたくさん残されている。

 観光とともに、キプロスが生き延びるために選んだもうひとつの戦略が金融業だ。

 キプロス住民のほとんどはギリシア系だが、イギリス統治下にあった歴史から英語がごくふつうに通じる。金融機関の公用語は英語だから、これはキプロスがタックスヘイヴンになるにあたって大きなアドバンテージとなった。

クリオン遺跡にあるアポロンの神殿跡 (Photo:©Alt Invest Com)

 キプロスがオフショア金融センターとして存在感を見せはじめたのは、ロシアからの富の受け皿になったからだ。

 東ローマ帝国はギリシア人の国であり、そこではカトリックに対抗する正教(オーソドックス)が信仰されていた。だが1453年、首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)がオスマントルコの手によって陥落し東ローマ帝国は滅亡してしまう。

 こうして正教会は旧東ローマ帝国の各地に分裂し、ロシア皇帝(ツァーリ)が正教の正統な後継者を名乗るようになる(ロシア正教)。こうした歴史的経緯からロシアとギリシアには宗教的・文化的なつながりがあり、ロシア人の南(地中海)への憧れもあって、キプロスはロシアの富裕層にとって代表的な避寒地となった(私がキプロスを訪れたのは2年前の冬だが、ホテルの客の大半はロシア人の家族連れだった)。

 自由化後のロシアでは、オリガルヒと呼ばれる新興財閥が台頭したが、プーチン政権を批判して逮捕・収監された大富豪ミハイル・ホドルコフスキーや、亡命先のロンドンで零落し自殺したボリス・ベレゾフスキーを見るまでもなく、彼らの政治的立場はきわめて不安定だ。そのため、財を成したロシアの富豪は、その富を守るために海外で蓄財しようとする。その格好の機会を、キプロスの金融機関が提供したのだ。

 こうして90年代以降、キプロス経済は観光と金融を両輪に急速に成長していくことになる。キプロスの1人あたりGDPはいまでは3万ドルに達し、欧米の先進国と肩を並べるまでになった。

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 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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