飯圏はリオ五輪から始まった

 中国メディアの報道によると、いわゆる飯圏活動が始まったのは2016年のリオ五輪がきっかけだったという。国際オリンピック協会(IOC)がオリンピックの現場でのSNS利用を解禁し、またそれまでオリンピック期間中にその施設内で撮影された写真などを無断で商業利用することを禁じていた「オリンピック憲章」の項目が書き換えられた。これを受けて、当時すでにSNSが隆盛を迎えていた中国の選手たちが一挙にアカウントを開設、選手村から選手自らがファンに向かってそこでの生活やトレーニング中のこぼれ話を発信するようになった。

 SNSは選手たちと観客たちの距離感を大きく縮め、プラットフォームや企業などを巻き込んでそれを活用したPRも行われるようになった。特に「エリート」アスリートである選手たちは長い間、卓球協会や体操協会といったそれぞれの種目別協会の管理下に置かれていたのが、SNSによって一挙に選手を囲んでいた壁が取り払われ、肉声が聞けるようになったことで多くのファンを惹きつけた。

 そこから次第に飯圏が誕生した。その飯圏が企業スポンサーたちの注目を呼び、選手や協会とファン、そして企業を結びつける大事な役割を果たすようになったのである。

飯圏の暴走が止まらない

 しかし、ここに来て飯圏がここまで暴走することになるとは、当初は誰も考えていなかったのだろう。

 現実には推しの対戦相手に対する嫌がらせや誹謗中傷は、今回初めて起きたわけではない。だが、飯圏を通じて次第に、「推しが負けたのは仕組まれた試合だったからだ」とか、前述の陳夢選手に対してぶつけられたように「コーチや所属団体が優勝者を手配済みだった」などという批判が巻き起こるようになる。さらには、「推しの足を引っ張った」「仲が悪い」など、根拠不明の噂が流れるだけでチームメイトすらも攻撃の標的にされることが増えた。

 2021年の東京五輪で、わずか14歳で女子飛び込み金メダリストとなった全紅嬋・選手を巡っても、昨年の世界水泳でライバルの陳芋汐選手が同選手を抑えて優勝すると、「出来レースだった」などと激しいバッシングにさらされた。だが、2人は今回の五輪で女子10メートルシンクロ飛び込みでコンビを組み、金メダルを獲得している。

 また、過熱した飯圏では選手たちの個人情報も売り買いされるようになった。一部アスリートは、出先でファンにツーショット写真を求められ、それが「カップルの証拠」としてネットに流れたこともあると証言。また、プライベートな生写真も取引されるようになり、選手たちの日常生活にも支障が出る事態となっていると苦言を呈している。つまり飯圏の暴走ぶりはすでにスポーツ関係者の間では問題視されていた。

 それが今回、五輪という栄えある場で、世界中の観客の眼の前で吹き荒れたのだから、中国当局も黙っているわけにはいかなくなったというわけである。