小倉昌男はアントニオ猪木
佐川清はヒールの役回り

 その翌16年、ノンフィクション作家の森健が『小倉昌男 祈りと経営』という評伝を出版した。そこにも同様の記述があることを見つけ、私は驚くと同時に納得した。

 日本トラック協会(現全日本トラック協会)の職員で、小倉と経営に関する勉強会を開催していた高田三省はこう語っている。

「小倉さんが宅急便のアイデアを固めたきっかけは、佐川急便だったのです」

 同時に、順法精神に欠け、もうかることならなんでもありの佐川急便の仕事ぶりを、小倉は苦々しく見ていた、とも高田は語っている。

 当時の小口荷物の配送には、路線免許(現特別積み合わせ免許)が必要だったが、運輸省はなかなか許可しない。小倉は、そうした規制の壁を一つずつ取り外していったが、佐川急便は路線免許を持たずに“違法”に小口配送を行っていた。

 その上で、森健はこう書く。

「アメリカにおけるUPSのビジネスのアイデアを端緒とし、そこから日本の商圏に適用すべくビジネスモデルを構築したのは小倉の論理的な知力によるが、実際にそれが叶うかどうかは佐川急便が法を超えていち早く証明していたということだろう」

 全く違う角度と、目的を持って書かれた2冊の本で、同じ結論が出た。小倉昌男は佐川清の真似をして宅急便を作った、という結論だ。

 しかし、この事実は、いまだに広く世に知られていない。なぜなのか。

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 それは、小倉昌男が経営界におけるヒーローであり、東京佐川急便事件をはじめとする数々の疑獄事件に連なる佐川清は、悪役だからだ。

 全盛期の新日本プロレスに例えるなら、小倉昌男はアントニオ猪木であり、佐川清はタイガー・ジェット・シーンやアブドーラ・ザ・ブッチャーというヒールの役回り。最後は猪木が勝たないとプロレスファンは楽しめない。

 それが娯楽であるプロレスなら勧善懲悪的な配役があってもいい。

 しかし、日本経済の歴史を振り返る時、事実を見極める真摯な姿勢が求められることは言うまでもない。それが、悪役と信じていた者が、画期的なサービスの生みの親であるという物語であっても、事実から目をそらしてしまえば将来を見誤るはずだ。