石田和外と矢口洪一~若い裁判官にのしかかる最高裁事務総局の圧力

「あの事件」とは、青年法律家協会(青法協)裁判官部会に加入していた裁判官に最高裁が脱退の勧告を行い、応じなかった裁判官たちが主に転勤や昇進に当たって徹底的な差別を受けた件である。青法協の「青」を取って、レッド・パージならぬ「ブルー・パージ」と呼ばれている。

 ブルー・パージを主導したのは、ドラマではしかめっ面の甘党、桂場等一郎(松山ケンイチ)のモデルとなった石田和外(かずと)。実行したのは最高裁事務総局、のちに「ミスター司法行政」と呼ばれた人事部長の矢口洪一である。

 ドラマでは、青法協は「勉強会」と称されていた。9月16日放送の(121回)で、星朋一(井上祐貴)が最高裁判所事務総局付判事から、家庭裁判所判事に「左遷」される。朋一は若手裁判官の「勉強会」を開き、裁判のあり方を仲間の裁判官たちと熱心に議論していた。左遷されたのは、その勉強会のせいではないかとされ、寅子は桂場に強く抗議するが、長官室に出入り禁止になってしまう(122回)。司法の独立とは何か。桂場は人知れず苦悩する。結局、朋一は裁判所に絶望し、裁判官を辞める決断をする(124回)。

【朝ドラ『虎に翼』を深く知る】出世街道から転落、ブルー・パージの犠牲になった裁判官たちの「左遷に次ぐ左遷の人生」最高裁判所事務総局に勤めていた若手エリート裁判官、星朋一(井上祐貴)は、家庭裁判所判事に左遷される Photo:NHK

 この背景には政治と司法の厳しい緊張があった。1970(昭和45)年の「70年安保」の学生運動で逮捕された学生がアジ演説で法廷を混乱させるなど騒然とする社会情勢が描写されたが(118回)、事態はその前から進行していた。デモの逮捕者を、取り締まる自治体の公安条例の条文の不備を理由に無罪としたり、公務員のストライキ権を限定的に認めたり(都教組事件)、時の政府に厳しい判決が出る中、憲法に規定のない自衛隊の違憲性が争われた「長沼ナイキ訴訟」の担当裁判官に、札幌地裁所長が原告の請求を棄却するよう手紙を出すなど、まさに憲法76条3項に違反する行為によって「裁判官の独立」を脅かす事件が起きる。