橘玲の世界投資見聞録 2013年5月9日

インドネシア・バリ島の非効率に見るアジアの思想
[橘玲の世界投資見聞録]

 ヨーロッパ近代が生んだ「人権」とは、1人ひとりの生命にかけがえのない価値があるという思想だ。価値というのは市場の需給で決まるから、当然、人口が少ない方がひと1人の価値は大きくなる。ヨーロッパでペスト(黒死病)が大流行し、人口の3分の1が失われた後に「人権思想」が誕生したのは、需要に対して供給が大幅に減ったことでひとの価値が大きく値上がりしたからだ。

 このように考えると、アジアで欧米流の「人権」がなかなか根づかなかった理由がわかる。

 アジアでは、ひとはいくらでもいる。需要に対して供給が大幅に過剰なのだから、ひと1人の価値はものすごく低い。それをいきなり「かけがえのないもの」にしてしまったら、社会制度が維持できるはずがない。13億人の人口を抱える中国が「人権」や「民主化」といった“グローバリズム”に頑強に抵抗するのはこのことに気づいているからだろう。

 人口の足りない社会ではシステム化が要請されるが、人口が過剰な社会では非効率こそが求められている。貧しくてもいいから、誰もがみななにかの仕事に従事しているということが、社会の安定に必要不可欠なのだ。

 こうしてアジアの国々では、農業や製造業など労働集約型の産業が好まれ、資本集約型のシステム化は忌み嫌われることになる。

システム化は"和"を乱す危険な思想

 人口動態から歴史を読み解く「歴史人口学」の日本における第一人者、速水融氏は、18世紀イギリスで起きた産業革命が(より少ない労働者でより多く生産する)資本集約型の生産革命であったのに対し、江戸時代の日本では労働集約型の生産革命、すなわち「勤勉革命」が起きたと述べている。

 日本の農業の特徴は家畜を使わないことだ。もちろん日本には牛も馬もいたから、こうした家畜を農作業に活用すればより大規模で効率的な農業が可能になる。だが不思議なことに、江戸時代になって社会が安定すると、農村から家畜が消えていく。

 誰かがより少ない人手で米をつくり始めると、失業者が溢れて村の秩序が崩壊してしまう。それを避けるために日本では、農地を家ごとに細かく分割し、土地の所有権を絶対化して大規模農家が生まれないようにしたうえで、村人全員が日々“勤勉に”農作業に従事することで生産量を増やす労働集約型の勤勉革命が起きた。システム化や効率化は、この国では“和”を乱す危険な思想なのだ。

 人口の多いアジアでは、システム志向の産業革命は起こらない。日本の成功は、産業革命から“科学”を排除したうえで、勤勉な労働者が“ものつくり”に励む労働集約型の製造業に利用可能な“技術”だけを取り出したことだ。しかし制御理論を専門にする木村英起氏は、『ものつくり敗戦』(日経プレミアシリーズ)で、「匠の技」にばかり執着してシステム化の発想を拒絶した結果、日本の製造業は「知拡競争」に敗退しつつあると警鐘を鳴らす。

 20世紀後半になると、科学と技術を融合させた大量生産の限界が明らかになり、経済の中心はハード(もの)からソフト(こと)へと移りはじめる。しかしシステム発想のできない日本人は抽象的な理論をうまく扱えず、自分の目で見て、手で触ることのできる「ものつくり」にこだわった結果、情報革命(第三の科学革命)に乗り遅れ、マイクロソフトやインテル、アップル、グーグル、フェイスブックといった「ことつくり」の企業にまったく太刀打ちできなくなった。シャープやパナソニックの惨状を見れば木村氏の主張に強い説得力があるのは明らかだが、しかしその一方でアジアに目を転じれば、どこもかしこも人口過剰なこの地域で、日本がもっとも“システム化”に成功した国のひとつであることも間違いない。

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 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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