「モリモリ亭」→「京うどん 卯吉」になったうどん屋は大成功!
ここで、個人的な経験を一つ語りたい。大学生の頃だから20年以上前のことだ。
東京・大井町のうどん屋の開業準備に携わる機会があった。店名を決める会議に、学生という立場で参加させていただいたことがある。
当初、経営陣からは「モリモリ亭」や「ドンドン亭」といった名前が候補として挙がっていた。これらの名前から連想されるのは、量が多くて安い、コストパフォーマンスに優れた大衆的な食堂のイメージだ。
ターゲットは主に男性客や学生になるだろう。しかし、議論の末、最終的に決定した店名は「京うどん 卯吉」であった。
この名前が持つ美しい響きは、当初の候補とは全く異なる世界観を提示する。
「京」という一文字は、上品で繊細な出汁の文化を想起させ、「卯吉」という古風な響きは、伝統や職人の技を感じさせる。ネーミングの変更は、単なる名称の変更に留まらなかった。事業全体の方向性を決定づける羅針盤となった。
「京うどん 卯吉」という名前に合わせて、店のコンセプト全体が設計された。内装は落ち着いた和の雰囲気に、メニューは出汁を活かした上品なものに、価格設定も安さだけを追求するのではなく、品質に見合ったものへと変更された(うどんは、テーブルマークのカトキチだった!)。
結果として、店は奇跡的に大きな成功を収めた。大井町阪急の改装に伴い閉店してしまったのが惜しまれる。
連日多くのお客さんでにぎわい、アルバイトとして働いていた私は大変な忙しさを経験した。厨房を仕切っていたのは柄の悪い職人だった。お世辞にも上品とは言えない環境であったが、顧客は店の裏側を知る由もない。
顧客が体験するのは「京うどん 卯吉」という名前が作り出す洗練された世界観だけである。この経験は、店名がいかに強力なブランドイメージを構築し、顧客の知覚を支配するかを教えてくれた。
「モリモリ亭」という名前で開業していたら、全く異なる客層と価格帯の、別の店になっていただろう。店名は、事業の運命を左右するほどの力を持つ戦略的資産なのだ。