――「ヒット」は、次のゲーム作りにどう影響しますか?

 ゲーム作りに固定概念を持っていないし、成功の分析はしない。自分たちのたくさんの失敗と少ない小さな成功体験の経験則における「勘」に頼るしかありません。これはゲーム屋にしかない「勘」です。だから僕らは、「運」と「勘」を大事にしています。

 分析に基づいてゲームを作っていたら、革新的なものは作れないし、だから常に破壊して、新しいゲームフォーマットを作らなきゃいけない。だから、逆に上手くいったものにひきずられないように常に気をつけています。

“お役所的”になった会社を救ったのは
本田宗一郎のマンガだった!?

――社長は数年前まで「経営」に専念されていましたが、今、ガンホーのゲーム開発はすべて社長直轄です。何がきっかけだったのですか?

 うちの筆頭タイトルのラグナロクオンラインは、僕がガンホーを創るのと同時に立ち上げた思い入れの深いタイトルで、最初は人もいないので自分でプロデュースしたんですけど、一気にヒットして、会社が急成長して人も増えてしまいました。さらに2005年に上場して、ますます“お役所的”になってしまって…。

 僕はゲームを作りたいから会社を作っただけで、別に社長がやりたかったわけではないんですよ。なのに、“経営者の役”をしないといけない。だから一時はゲーム作りから離れて経営に専念して、開発はほとんど現場に任せていたんですけど、タイトルが鳴かず飛ばずになりました。でも、現場に任せている以上、口は出せないと半ば諦めていました。

 その頃は、本当に辞めようかな、と思ったんですよね。つまんなくなってきて。俺、なんのために会社作ったんだっけな、って。そんなとき、自宅のトイレで、子どもが読んでいた本田宗一郎のマンガを拾ったんです。実は僕、ほとんど本って読まないんですけど、たまたまマンガだったんで、読んでみたんです。 

 読み進めていくと、本田宗一郎は決して経営者として優秀ではなかったけれど、最後の最後まで製品に情熱を注いだ人でした。ああ、経営者にそういう人がいてもいいじゃん。だから俺がゲーム作りに専念して、面白さを徹底的に追求するのもアリなんじゃないか。それがガンホーの精神で、文化であり、DNAになっていけばいいんじゃないか。そう思って、開発を社長直轄にして、ゲームづくりに専念することにしました。

 そう決めてまず最初に、「3年間赤字出すから」と宣言しました。役員は反対しましたね。でも、山本五十六の言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」ではないですけど、言葉だけではダメで、一緒にやりながら開発を育てることが大事。そうすることで、みんなの理解が深まって、うまくいったときは一緒に喜ぶし、失敗したときはなぜ失敗したか反省できるようになりました。こうやって開発を一から叩き直して、赤字も出しましたけど、ちょうど2年くらいで結果は出ましたね。