私の疑問にAさんは、「叱る前に伝えるようにしていて、問題が大きくなる前に、日常の関わりの中で軌道修正するようなコミュニケーションを意識している」と教えてくれました。

「怒ったり叱ったりって、お互い疲れるし、すり減るよね。だから、日々よく見て、コミュニケーションをたくさん取るように意識しているよ」

 ただ感情が安定しているだけでなく、日常の小さな声かけ、誠実なコミュニケーションの積み重ねが、叱る場面を減らしていく。つまり、叱る必要のない関係性を、日々のコミュニケーションで築いているのです。私の中で、一流が叱らない理由が腑に落ちた出来事でした。

どうしても叱らなければいけない時に
注意したいこと

 その後、私はAさんに「それでも怒ったり叱らなければならなかったりする時、どんなことを意識していますか」と聞いてみました。

 Aさんは、「叱ることは導きがセットだと考えている」とのこと。

「一緒に問題をひもとくことが重要。見ているから、気づける。改善してほしいから伝える」

 やはりここでもただ感情をぶつけるのはご法度。相手の問題を解決できるように指摘するのがポイントなのです。

 また、「逃げ道を作ることも大事」とAさん。相手を“一方通行”の形で追い詰めてしまうと、相手も自分の考えや思いを発散することができません。“叱る”といえども、双方向のコミュニケーションで相手の考えを聞く姿勢が大事です。

 そして、もう一つ。相手が指摘されたことからきちんと自分で学べるように、「全ての答えをそこで出させない」のが重要だとAさんは言います。同じ過ちを繰り返さないように、本質的な問題を理解し、行動を改善できるようにアドバイスすること。これが叱るということなのです。

 私はAさんのお話に非常に共感したことを今でも覚えています。

「叱る」とは、怒りを感情的にぶつけるのではなく、相手に思いを持って伝えること。感情の発露ではなく、相手を正しい方向へ導くための最終手段といえるでしょう。