一方で、同論文は、ローパフォーマーの方がハイパフォーマーよりも頻繁にローテーションする傾向が強いということも示唆している。

 一般的に企業がローパフォーマーを異動させる動機は、現在の仕事とのミスマッチ解消にあると考えられるが、パフォーマンス向上にはつながらない場合も多い。

 小嶋氏の戦略が「有能な若手」に焦点を絞ったのは、ローテーションの持つ開発的な機能を最大限に引き出し、非効率なローテーションを避けるという、人事の天才ならではの鋭い洞察の結果であったと言える。

「虚構性の強い人間をトップの傍においてならない」

 さらに、小嶋氏の人事哲学は、組織に流れる情報の質を確保するというトップマネジメントの意思決定を支える重要な側面にも及んでいた。

 また『イオンを創った女 ― 評伝 小嶋千鶴子』には「虚構性の強い人間をトップの傍においてはならないということである」とある。

 虚構性の強い人間は、都合の悪い真実を隠し、トップが「耳に入りやすい言葉を信用する」傾向を利用して、意図せず組織の情報を歪曲してしまうのだという。

 秘書の短期間ローテーションは、特定の人物がトップと深く結びつき、情報がよどむ状態、すなわち馴れ合いの状態になることを防ぐための、構造的な防御策であった。

 小嶋氏の理念には「現場は宝の山」という言葉があり、同書にも「考えるチカラをなくした職場は悲惨」とある。秘書のローテーションは、現場の真実がトップに届き、企業が社会の変化を正しく学習し続けるための透明な環境を整備する役割を担っていた。

 この理念は、小嶋氏が実践した「秘書は2年で異動」というシンプルな人事戦略が、単なるローテーション制度では終わらず、長期にわたり企業を腐敗から守り、次世代のリーダーを戦略的に育成し続ける組織設計の哲学であったことを示している。

 小嶋氏が残した教えは、組織の問題を表面的な現象で終わらせず、深い人事戦略によって解決することの重要性を、現代の経営者にも問いかけているのである。

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