かつて小泉純一郎首相(当時)が「郵政民営化はドイツに学べ」と言っていた頃、国営事業体から民間の郵便・物流大手に転じたドイツポストの会長、クラウス・ツムヴィンケル氏は“輝ける民営化の星”だった。しかし今年、同氏の脱税事件が発覚。ドイツポストの苦境が露呈された。欧州では今、民営化の本質が問われている。

 昨年秋から暮れにかけて、ドイツの有力経済紙は、ドイツポスト会長のクラウス・ツムヴィンケル氏にかかわるニュースを頻繁に報じた。報道内容は、同氏が最低賃金制導入を政府に迫っていること、金融事業部門子会社のポストバンクを売却するためドイツ銀行と水面下で交渉していること、さらに任期満了を待たずに勇退するのではないかという進退問題だ。進退をめぐるうわさは、グループ戦略が行き詰まり、収支悪化の経営責任を取るという見方が大勢だった。

 だが、今年2月14日、ドイツ国民は進退問題の真相を悟った。ボンのオフィスと自宅に国税捜査官が入り、ツムヴィンケル氏が自宅で身柄を拘束されたのだ。容疑は、脱税目的で19年にわたり、個人の銀行口座をタックスヘイブン(租税回避地)として知られるリヒテンシュタインの銀行に移していたというものだった。

脱税者に転落した郵政改革の英雄

 脱税容疑を認めて即日保釈されたツムヴィンケル氏は、ドイツポストの経営委員会に辞意を伝えた。

 同氏は、18年にわたって“ドイツポスト王国”に君臨した。東西ドイツ統一後、旧ブンデスポスト(国営郵便)を立て直し、メール、エクスプレス、ロジスティックスを統合したグローバルなコングロマリットに発展させた。その経営手腕は、20世紀最後のサクセスストーリーとまで評され、ドイツポストグループ会長のほか、ドイツポストAG、ポストバンクAGのCEO(最高経営責任者)、ドイツ・テレコム監査委員長、モルガン・スタンレー経営委員、ルフトハンザドイツ航空監査役などの要職を兼ねるドイツ財界の大立者となった。登山とジョギングで鍛えたスリムな体躯、闊達で自信に満ちた態度の同氏は、活力あるドイツポストの象徴的存在だった。

 しかし、ツムヴィンケル氏の声望は、脱税発覚によって地に落ちた。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「同氏の辞職は避けがたい」とし、財務相も「スキャンダルは、公的企業であるドイツポストのモラルを著しく毀損した」と厳しかった。