(3)タックスヘイヴンを生み出したのは先進国の金融機関と法律・税務の専門家集団だ
典型的なタックスヘイヴン(カリブの島国)は人的資源に乏しく、金融や税務の専門家もおらず、政治家はまったくの素人だ。彼らはウォール街やシティの金融機関、大手法律事務所や会計事務所が考案した税の最小化に最適な政策・法律パッケージを受け入れて、(形式上)民主的な手続きによってそれを実現する。
タックスヘイヴンとは場所(国)のことではなく、こうした専門家集団が「国家主権」を利用して生み出した特殊な法域(Jurisdiction)のことだ。
(4)タックスヘイヴンの最大の優位性は税率が低いことではなく、銀行秘密法などの守秘性にある
たんに税率が低いだけでは世界じゅうの富を集めることはできない。資金の真の所有者(受益者)が開示されれば、その居住国の税法によって課税されるからだ。そう考えれば、タックスヘイヴンの最大の魅力は、居住国の税務当局から課税情報を秘匿する銀行秘密法などの守秘性にあることがわかる。
たとえばアジア金融危機後の2001年、リー・クアン・ユーの息子で当時はシンガポール副首相、財務大臣、金融管理局長官を兼務していたリー・シェンロン(現首相)は、タックスヘイヴンとしての優位性を確立するためになにをすべきかを徹底的に研究し、スイスよりもはるかに厳しい秘密保持条項を持つよう銀行法を改正した。シンガポールでは、銀行口座の秘密を第三者に提供した者は最高12万5000シンガポールドル(約1000万円)の罰金ないし禁固3年、もしくはその両方を科せられる。
アメリカのFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)やEUの貯蓄課税協定が金融機関・タックスヘイヴンに口座情報の全面的な開示を求めていることも、この文脈から理解できるだろう。
(5)タックスヘイヴンの真の問題は個人の脱税ではなく、グローバル企業の租税回避だ
タックスヘイヴンというと個人の脱税や(武富士元会長の長男のような)租税回避にばかり注目が集まるが、先進国の税体系を歪める元凶は企業誘致のための法人税引き下げ競争(底辺への競争)と、租税条約などを利用して納税額を最小化しようとするグローバル企業の税務対策(条約あさり)だ。移転価格や過小資本を利用した高税率国から低税率国への資金移動や、有利な租税条約を組み合わせた節税法の多くは現行法では適法とされている。この問題に切り込まず、個人の脱税や一部有名企業の過少な税額をバッシングしているだけではタックスヘイヴン問題は解決できない。
ちなみに著者らは、グローバル企業に国別の財務・会計情報を開示させて、売上げに応じて納税する制度を提唱している。
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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