(6)タックスヘイヴンは貧しい国から富を流出させることでより貧しくしている
アフリカなど資源国の多くが世界の最貧国なのは、資源を売って得た資金がタックスヘイヴンに流出して自国のインフラや教育に再投資されないからだ。タックスヘイヴンはこうした国の独裁者や富裕層にキャピタルフライトの機会を与えることで、結果的に貧しい国々のひとびとを苦しめている。
こうした批判は最近よく見かけるが、これについてはそのまま受け入れるには疑問がある。
中国では汚職が蔓延し、国家や地方政府の共産党幹部は巨額の裏資金を国外に逃避させている。しかしこうした資金の多くは、香港やBVI(英領ヴァージン諸島)を経由してふたたび中国国内に投資されている。これは考えてみれば当たり前で、資金の投資先を考えたとき、もっともよく知っているのは自分の国だからだ。
最貧国に資金が還流しないのはそもそも国内に投資機会がないからで、この問題はタックスヘイヴンを絶滅させたとしても解決しないだろう。
米国の政権交代でタックスヘイヴン対策が進んだ
「タックスヘイヴン対策」として、これまでOECD(経済協力開発機構)やFATF(金融活動作業部会)が有害税制のブラックリストを公表したり(名前を公表して恥をかかせる戦略)、二国間の租税情報交換協定(TIEA)を締結することが行なわれてきたが、ほとんど効果がなかった。
ブラックリストに載せられた国は最低限の法改正をしてリストから逃れ、香港をリストに載せようとすれば中国が強硬に反対し、「最大のタックスヘイヴン」であるアメリカやイギリスはOECDの主要加盟国なのでそもそも議論の対象にすらならない。
租税情報交換協定は、追及する側の税務当局が提供を求める情報を特定しなければならず、それへの対応もそれぞれの国に任されている。かたちだけ協定を結んで、実際はサボタージュすることがかんたんにできてしまうのだ。
こうしたことから著者たちは、タックスヘイヴン対策にきわめて懐疑的だった。しかし2008年を境に流れは大きく変わりはじめた。これには3つの要因がある。
(1)世界金融危機とリーマンショック、ユーロ危機によって先進諸国で経済格差が拡大し、ひとびとが税の不公正を強く意識するようになった。
(2)それを追い風として、EU加盟国のうちドイツやフランスが域内(ヨーロッパ内)のタックスヘイヴンに対して強硬な姿勢を示すようになり、貯蓄課税協定の運用強化で口座情報の自動開示へ道を開いた。
(3)米国で、タックスヘイヴンを黙認する共和党(ブッシュ)政権から税の公正を掲げる民主党(オバマ)政権へと政権交代が起きた。
本書の著者たちは、とりわけ米国の政権交代が与えたインパクトが大きいとする。G20やOECDをはじめとして、国際政治はいまも米国が主導しているからだ。
ブッシュ政権の財務長官ポール・オニールは2001年5月、「アメリカはいかなる国に対してもその国そのものの税率あるいは税制がどうあるべきかについて命令するような取組みを指示せず、世界の税制を調和させようとするいかなるイニシアチブにも参加しない」と宣言した。これでOECDのタックスヘイヴン対策は頓挫したが、タックスヘイヴンを「不道徳」として攻撃するオバマ政権の誕生で息を吹き返した。逆にタックスヘイヴン国は、後ろ盾を失って土俵際まで追い詰められている。
こうした見方に立てば、すくなくとも次の米大統領選がある2016年までは、タックスヘイヴンに対する国際社会の逆風は続くことになるだろう。
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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