中国の「領海法」と「棚上げ合意」の再確認

 1992年2月25日、中国は釣魚島を中国の固有領土と明記した「領海法」を公布し、これまでの立場を法律の形で改めて繰り返した。他方、近年日本では、「『領海法』の制定により、中国は『棚上げ合意』を反故にした」という指摘がしばしば見られる。しかし、当時の日本政府の反応は、冷静かつ客観的であった。

 27日、宮沢喜一首相は、「領海法」に関する質問に対し、「あれは昔、鄧小平さんとの間で決めたものがある」と明言し、加藤紘一官房長官は、「中国は法体系を整備しつつあるのでその一環としてこれまでの主張を書き込んだのだろう。しかし、(中国が)なにかアクションを起こすことはないと思う」という受け止め方を示した。

 3月3日、英正道外務省報道官は、「中国はこれまで尖閣諸島を自国の領土と主張しており、この種の(領土)問題が日本の完全に満足する形で解決するのは、なかなか難しい」と指摘した上で、「今回、中国の行為は主権侵害に当たらない」との認識を示した(注16)

 3月9日、渡辺美智雄副総理・外相は、国会における答弁で、「平和裏な解決を求めていくのが一番いいのではないか、そう考えておる次第である」と表明し、28日には講演で、「エスカレートさせることは、私の在任中にはしない」と明らかにした。

 他方、4月6日、訪日中の江沢民総書記は、宮沢首相との会談で釣魚島問題に関し、「中国の立場は78年に鄧小平副首相(当時)が述べた通りで一切変わっていない」と言明し、「尖閣諸島の帰属問題は『棚上げ』することを確認した」のである(注17)。これを受けて、4月8日、『朝日新聞』は社説で、「懸念された尖閣諸島の領有問題は、事実上の『棚上げ』が再確認された」と喜び、「大切なのは、(中略)『小異』が『大異』になってしまわないよう、双方が常に『大同』に思いをいたすことであろう」と強調した。

「灯台事件」と「棚上げ合意」の再確認

 1994年11月、「国連海洋法条約」の発効に伴い、1996年5月と6月、中日両国はそれぞれ同条約を批准し、釣魚島を含む200海里の排他的経済水域を設定した。こうした敏感な時期の7月14日、右翼団体の「日本青年社」が、釣魚島の北小島に灯台を設置(台風で壊れたため、9月9日に再建)する事件が発生した。この事件を発火点として、中国本土のみならず、中華圏からの強い反発を引き起こし、釣魚島問題は再燃した。

(注16)『読売新聞』1992年2月27日夕刊、『朝日新聞』、『毎日新聞』1992年3月4日。
(注17)『日本経済新聞』 1992年4月7日。