前田・齋藤連合に
放逐され姿を消す
次期頭取の本命

 2人が権力にしがみついた結果、人材の劣化をも加速させてしまう。将来を嘱望され、トップにも直言できる実力者たちが、時に2人から放逐され、時に2人に嫌気が差し、次々とみずほから去ったのだ。

 05年には、旧一勧の総会屋事件で真相究明に立ち上がった「4人組」の1人で、歯に衣着せぬ物言いながら信望の厚かった後藤高志氏が西武鉄道へと転じた。07年には旧富士のエースとして次期頭取の呼び声が高かった町田充氏が関連のリース会社に出された。

 将来、みずほを背負う逸材と評されたある取締役は、「あの社長とこれ以上同じ空気を吸いたくない」との捨てぜりふを残し、自ら関連会社に退いた。

「自らの立場を危うくする優秀な人材が台頭してくると、ことごとく排除してきた」とみずほ関係者は振り返る。まるで頭取候補として名前が挙がった幹部は、みずほを去らなければならないルールでもあるかのようだ。

 09年に前田、齋藤、杉山の3氏は会長に退いたが、後任には自らのお気に入りを据えて院政を敷き、事実上の6トップ体制と世間の批判を浴びた。金融庁からの圧力もあって、11年にようやく2人はみずほを離れたが、遅きに失した。

 旧3行はいずれもかつては国内屈指の名門銀行。そうした銀行の統合で生まれたみずほは、国内の上場企業の7割と取引関係がある圧倒的な顧客基盤を誇った。