橘玲の世界投資見聞録 2013年11月1日

バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち -前編-
[橘玲の世界投資見聞録]

秘密組織でつながったひとびと

 ポール・マルチンクスは、1922年にシカゴ郊外の町シセロに生まれた。その当時、シセロにはシカゴを追われた“帝王”アル・カポネが本部を構え、人口6万人の小さな町はギャングによって支配されていた。

 聖職者の道を選んだマリチンクスは25歳で司祭に任じられ、弱冠30歳でバチカンの枢要なポストを任されるようになる。マルチンクスは反共主義者で知られるニューヨーク大司教を後ろ盾とし、身長186センチの巨漢を活かしてローマ教皇パウロ6世のボディガードを務めたことで出世の階段を駆け上がった。

 マルチンクスは1971年、バチカン銀行の総裁を任されることになる。

 その当時、バチカン銀行は保有する株式の配当課税で問題を抱えていた。ラテラノ条約によってバチカンへの課税は免除されていたが、イタリア政府はこれを不公平として、最高30%の配当課税を課すと通告してきたからだ。

 これをきっかけにバチカンは、イタリアの金融市場から撤退してアメリカなど海外に投資することを計画し、イタリア企業の株式を秘密裏に売却しようとした。バチカンが株を売るという噂が流れただけで株式市場は暴落し、巨額の損失を被るおそれがあるから、これはきわめて困難な取引だった。

 マルチンクスはこの仕事を、ミケーレ・シンドーナというシチリア出身の銀行家の協力を得て見事にやり遂げた。シンドーナはスイスやアメリカの銀行を保有する金融事業家で、バチカンの保有株を言い値で引き取ることで司教の信頼を得て、ローマ教皇庁の財務顧問に就任することになる。

 しかしシンドーナには、もうひとつの顔があった。シチリア生まれのこの銀行家は、ニューヨークのマフィア、ラッキー・ルチアーノやヴィート・ジェノベーゼのために麻薬資金の洗浄を行なっていたのだ。

 シンドーナはマルチンクス司教に、ロベルト・カルヴィという銀行家を紹介している。カルヴィはアンブロジャーノ銀行というカトリックの系金融機関の頭取で、マルチンクスやシンドーナと組んでミラノ証券取引所の相場を操り、投機的な取引で大きな利益を上げた。

 マルチンクスはバチカンのためにこうした汚れ仕事を引き受け、私腹を肥やすようなことはしていなかった。

 「この世で、カネの心配をせずに生きることなどできない。教会は、アヴェ・マリーアと唱えているだけでは運営できないのだ」

 というマルチンクスの言葉はよく知られている。

 1974年にイタリアの株式市場が暴落するとシンドーナの金融帝国は崩壊し、イタリアやアメリカで関連金融機関が次々と倒産した。政府や預金者が巨額の損失を被り、横領罪での捜査が始まったことから、シンドーナはスイス経由でアメリカに逃亡してしまう。

 シンドーナがいなくなったことで、バチカンとのビジネスはアンブロジャーノ銀行に引き継がれた。頭取のカルヴィは、バチカンの資金を一手に扱うことで「神の銀行家」と呼ばれるようになった。

 マルチンクス司教やミケーレ・シンドーナ、ロベルト・カルヴィには共通項があった。彼らはみな「P2」と呼ばれる組織の会員だったのだ。

 P2は「プロパガンダ2」の略で、リーチョ・ジェッリという右翼のフィクサーによって創設された。19世紀に存在した「プロパガンダ」という組織の再建を目指したことが、その名の由来だ。プロパガンダは秘密結社フリーメーソンの伝説的な支部だった。

 ジェッリは1963年11月にフリーメーソンに入会し、第3位会員として、支部長(グランドマスター)から有力者のサークルをつくるよう命ぜられた。反共主義者のジェッリは、P2に政治家や経済人、マフィアなどを加入させ、それをバチカンにつないで巨大な闇の金融システムをつくりあげていたのだ。

(後編に続く)

参考文献:デイヴィッド・ヤロップ『法王暗殺』(文藝春秋)
     ジャンルイージ・ヌッツィ『バチカン株式会社』(柏書房)

 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。

 
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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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