わが家の次女・ららは犬なのに、ヨーグルトが大好きだ。今やすでに社会人になり、働く女性になった長女の赤ちゃん時代の好みと全く同じだ。先日、家内との家庭内会話はららのヨーグルト好きから、長女の赤ちゃん時代の思い出話へ飛び、さらに冷蔵庫などの家電製品の話に及んで行った。

かつて年収分に相当した冷蔵庫

 長女は真夏に生まれた。生まれる前から、はじめて父親になる私は興奮のあまり、すでに心配性が進んでいた。「暑い夏を選んで生まれてくるものだから、牛乳の保管などはどうしよう」と頭を抱えた。

 なぜかというと、当時は電器製品が非常に高価な商品で、ワンドアの小さな冷蔵庫でも私の年収分に相当したからだ。しかも、お金を出しても入手できないほどの人気があった。中国の家電大手メーカー・ハイアールを取り上げた拙著『世界シェアNo.1を獲得した顧客戦略』(中経出版) に、当時の冷蔵庫生産、販売事情に触れた内容がある。

 1980年代、冷蔵庫は非常に高価なもので、ハイアール冷蔵庫の販売価格は1760元だった。しかし、当時のハイアールでは課長クラスの幹部の月給もまだ100元に達していなかった。1年間飲まず食わずで給料を貯め込んでも、冷蔵庫の1台も買えなかったほどだった。ハイアールの工場長である張瑞敏氏もその時点ではまだ、自宅に冷蔵庫を持っていなかった。

 やがて誕生する娘のために、八方手を尽くして、「双鹿」というブランドの冷蔵庫を製造する上海の冷蔵庫会社の社長に頼んで、ようやく特別な計らいで「等外品」のワンドア冷蔵庫を手に入れた。

 当時の中国では、冷蔵庫などの電器製品は品質が合格基準に達したものを一等品と呼ぶ。その一等品以外の不良品でも販売できると認められている。その不良の程度によって二等品、三等品、さらに等級外を意味する等外品とランキングをつければ販売されていた。