橘玲の世界投資見聞録 2013年11月14日

「ぜったいに知られてはならない」教会の秘密を守るバチカン銀行
[橘玲の世界投資見聞録]

 アンドレオッティはこのスキャンダルで(イタリアでは政治家の最高の名誉職とされる)大統領を諦めざるを得なかったが、その後の検察による数々の訴追を無傷で切り抜け「魔王」と呼ばれることになる(この経緯は2008年カンヌ映画祭で審査員賞を受賞した『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』に描かれている)。

 フリーメーソンの秘密結社「P2」会員で「法王暗殺」に関わったとされるマルチンクス司教の後を継いでバチカン銀行総裁となったドナート・デ・ボニスは、バチカンの恩人であるアンドレオッティとその関係者のためにさまざまな便宜を図った。ダルドッツィの残した膨大な内部文書は、その深い闇を暴こうとした苦闘を伝えている。

「スペルマン枢機卿基金」の存在

 1992年、ミラノ検察庁は市立養護老人施設の汚職を糸口にイタリアの政官業とマフィアの癒着を一掃すべく、首相経験者や国会議員を含む大規模な捜査を開始した。「マーニ・プリーテ(清廉な手)」と呼ばれるこの捜査の過程で、国営企業の民営化にからむ巨額の贈賄事件が浮かびあがった。

ミラノ大聖堂(ドゥオーモ)                 (Photo:©Alt Invest Com)

 大手財閥の一族で、その型破りな行動から「ラヴェンナの海賊」と呼ばれたラウル・ガルディーニは、国営企業ENIと合弁会社を設立して互いに40%の株式を保有する取り決めを結んだ。残りの20%の株式は市場に放出されたが、ガルディーニはこの公開株式を買い集めて合弁会社の支配を画策する。この動きに対してENIが激しく反発し、政治問題化したのだ。

 当時首相だったジュリオ・アンドレオッティはこの紛争を収めるため、ひとつの提案をした。それはガルディーニに、合弁企業のすべての株式を買い取るか、それとも経営から撤退するかを選ばせるというものだった。

 ガルディーニは保有する株式を売却することを選択し、この取引によって2兆8050億リラ(約3000億円)という巨額の支払を受けることになった。これはいうまでもなく法外に有利な取引だが、それを納得させるためにガルディーニは、共産党を除くイタリア主要政党の有力者に賄賂を贈らなければならなかった。

 贈賄の資金約150億円は、ローマ出身の新興の不動産業者が用意した。だが問題は、司法当局に気づかれることなくそれをどのように渡すかだった。

 このときガルディーニは、バチカン銀行を利用した巧妙なマネーロンダリングを行なった。不動産業者が裏金でイタリア国債を購入し、それをバチカンに持ち込む。バチカン銀行総裁のデ・ボニスは国債を受け取ったうえで、バチカンが購入した他の国債と差し替えて資金洗浄し、それを換金して政治家たちが指定する口座に送金したのだ。

 だがこの取引は、検察の取調べを受けた不動産業者が国債の番号を提供したため、バチカンを窮地に追い込むことになる。イタリアの検察からの調査依頼に対し、持ち込まれた国債がどのように処理されたのかを回答しなければならなくなったのだ。

 バチカンは1929年のラテラノ条約によって「主権」を認められているから、他国からの司法共助要請を拒絶することも理屈のうえでは可能だ。だが当時のイタリアは、マフィアと対決していたジョヴァンニ・ファルコーネ判事が家族もろとも高速道路上で爆殺されるとういう衝撃的な事件の直後で、世論やマスメディアはバチカンの不正な金融取引に厳しい目を向けた。バチカンは沈黙のなかに逃げ込む選択肢を奪われていたのだ。

 ダルドッツィの内部文書は、この時期のバチカンの苦悩を詳細に伝えている。バチカン銀行の闇はあまりにも深く、それをすべて公にすることなどできるはずはなかった。

 バチカンがなんとしても表に出してはならない秘密は、「スペルマン枢機卿基金」の存在だった。

 ダルドッツィが疑惑を抱いたのは、実在の枢機卿の名をとったこの「基金」で巨額の金融取引が行なわれていることだった。それらの不審な取引はすべて、総裁のデ・ボニスが自ら行なっていた。

 スペルマン枢機卿基金の真の所有者はいったい何者なのか。ダルドッツィは口座といっしょに保管されていたデ・ボニスの遺言状を見て愕然とする。そこには次のように書かれていた。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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