世の中に食通を自慢するひとはたくさんいますが、私たちの味覚はけっこういい加減で、微妙な味の違いを判別することはできません。フランスワインの大がかりな偽装事件では、チリやアルゼンチンから安価な新世界ワインを仕入れ、ボルドーやブルゴーニュの有名シャトーのラベルをボトルに貼って大儲けしていた事件の主犯が、裁判の席で「ボルドーワインと新世界ワインの違いなんて誰にもわからない」と証言してしまいました。ソムリエはワインの味ではなくラベルによってグレードを評価していたのです。
一人数万円もする料理は、ミシュランの星のようなブランドと豪華な雰囲気、アワビやフォアグラなどの高級食材で正当化されます。とはいえ食材が高いのは稀少だからで、それが必ずしも美味しいとは限りません。いまの時期に高級日本料理店に行くと、松茸の吸い物、松茸の天婦羅、松茸ご飯などが次々と出てきますが、安くて美味しいキノコはほかにいくらでもあります。
プロの料理人は誰でも、味覚がイメージによって操作できることを知っています。そこでもっとも安価で効果的な方法として、「メニューを美味しそうに書く」ということが広まっていったのでしょう。
こうした戦略は軍拡競争と同じで、歯止めがきかないという特徴があります。いまでは居酒屋ですら、食材の産地や無農薬をアピールするようになりました。だったら高級レストランは、価格に見合ったより満足度の高いメニューをつくらなければなりません。
こうしてメニューの書き換えが日常化していったのだとすると、今回のトラブルが必然だったことがわかります。連日のように同様の食材偽装が明らかになっていますが、こんなことは当たり前で、「そもそもメニューを信用するほうがおかしい」ということなのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2013年10月11日発売号に掲載
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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