橘玲の世界投資見聞録 2013年11月28日

バチカン銀行と陰謀論者ロベルト・カルヴィの死の謎
[橘玲の世界投資見聞録]

 82年6月、資金調達のための裏工作に行き詰まったカルヴィは突如失踪する。倒産の危機に瀕した取締会は「後援状」を持ってバチカン銀行を訪ね、銀行を救済するための資金を出してくれるよう頼んだ。

 だがここで取締役会は、驚くべき事実を知ることになる。

 バチカン銀行が彼らに見せたのは、カルヴィが書いた「秘密書簡」だった。そこには、「バチカン銀行は幽霊会社の債務にはなんの責任もない」という免責条項が書かれていた。

 アンブロジャーノ銀行は14億ドルの負債を抱えて倒産し、そのうち海外金融機関の融資総額は4億ドルに上った。バチカンの財政を破綻させるのに十分なリスクを背負うことになるにもかかわらず、マリチンクスはなぜ、カルヴィの求めに応じて「後援状」を書いたのだろうか。

 バチカンはこの取引について、「自分たちは金融に無知でそれを利用された被害者だ」と弁解しているが、その説明を信じるひとはいないだろう。バチカン銀行総裁として君臨したマルチンクスは、後援状の重大な意味を熟知していたからこそ、カルヴィに債務免責の秘密書簡を書かせたのだ。

 この後援状についてのもっとも納得できる説明は、バチカン自身がアンブロジャーノ銀行の真の所有者だった、というものだ。バチカンは幽霊会社を通じて銀行の株式のおよそ16%を保有していた。だからこそマルチンクスは、なんとしても銀行の破綻を避けようとしたのだ。

カルヴィの死の謎

 追い詰められたカルヴィは82年6月、マフィアから偽造パスポートを受け取り(裁判のためパスポートは没収されていた)オーストリア経由でロンドンに渡る。この失踪を手助けしたのは、フラボ・カルボーニというフィクサーだった。

 失踪中のカルヴィは、安ホテルに身を隠しながら、何度か家族に電話をしている。彼らの証言によると、カルヴィは「銀行を救済する重要な取引」がもうすぐ決まり、それですべてが解決するだろうときわめて楽観的だったという。それ以外の関係者の証言からも、カルヴィがなんらかの「取引」のために、偽造パスポートまでつくってロンドンを訪れたのは間違いないようだ。

 だがカルヴィは、ロンドンに着いて3日後の6月18日に、シティに近いブラックフライヤーズ橋で縊死しているのを発見された。

 この事件の直後から、他殺説と自殺説の激しい論争が巻き起こった。

 カルヴィはスーツのポケットに数個のコンクリート塊と煉瓦、それに1万5000ドル相当の現金を入れたまま、工事中の足場から橋げたにロープをかけて首を吊っていた。

 他殺説の信奉者は、カルヴィの旅行カバンから自殺するのにじゅうぶんな量の睡眠薬が発見されており、仮に自ら生命を絶とうと決めたとしても、こんな奇妙な死に方をする理由はないと主張した。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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