フィリピン 2013年12月13日

困窮日本人はフィリピンの人たちに「迷惑」をかけているのか

人の世話をするのが「生きている証」

 日本のように核家族化が進むと、面倒をみる範囲は少なくて済むが、自分が困難な状況の陥った時、年老いた親と幼い子どもだけでは頼りにならない。自分しか頼れないなら、何かあったら自殺するほかなくなってしまう。

 しかも、自分の子どもに対してさえも「老いたら子どもの世話にはなりたくない」「迷惑をかけたくない」と自慢げに言うのが昨今の熟年夫婦の一般的風潮だ。

 その息子は、「嫁の手前、親の面倒は見られない」と臆面もなく語る。このように親子が断絶したおかげで嫁・姑の確執はなくなるだろうが、姑がいない分、子育てに苦労している、あるいは子育てを放棄している女性も多いはずだ。

 親子で面倒を見ることが迷惑と認識されたら、いったいどうなってしまうのだろうか。赤ちゃんは面倒=迷惑の塊で、何から何まで世話をしないと生きていくことができない。最近は親の育児放棄が社会問題となっている一方、親の面倒を見ることを放棄して施設に預けるのが常態化している。こんなことで日本人は世代を超えて生きながらえていくことができるのだろうか。

 65歳以上の高齢者がすでに25%になり、近い将来30%、そして40%に達する日本では、自分は自分で面倒見るようにと定年が65歳まで延長された。元気な高齢者が働くのは大いに結構だが、これが逆に若い人の就業機会を狭めているという。高齢者は若者の職場を奪うのではなく、高齢者なりの役割あるいは働き場所があるのではないか。

 縄文時代の平均寿命は10代で、江戸時代でも30代だ。戦後、平均寿命は50代から80代に延びてしまった。そうなると人間は本能的に子どもをつくらない、あるいはつくれなくなってしまうのだろう。

 一方、フィリピンでは巷に子どもがあふれている。住宅街あるいはスコーター(スラム)に足を踏み入れると、どこも子ども、子ども、子どもだらけだ。子どもこそが人類の原動力のはずだから、子どものいない、あるいは子どもを育てることができない社会=日本はいずれは滅びゆく運命にあるのだろう。

 話を元に戻そう。人は子ども時代、親の面倒だけに頼って生きてきた。そして老人になったら子どもに面倒をかけて生涯を終える。これが人生の輪廻というものだ。

 病気やけがで早くして人の世話になったとしても同じことで、世話するのが人間としての義務であり生きている証なのだ。だからフィリピンにおいては、人の迷惑を受け入れて面倒をみることは「美徳」なのだ。

(文・撮影/志賀和民)

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マニラ・ダンボールに捨てられた赤ちゃんビアンカの物語

著者紹介:志賀和民(しが・かずたみ)
東京出身。東北大学大学院修了後、日揮(株)入社。シンガポールにをかわきりに海外勤務を歴任。1989年日揮関連会社社長に就任しフィリピンに移住。2007年4月PASCO(サロン・デ・パスコ)取締役。

 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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