「渡し船」と聞けば、なにやら風情ある情景を思い浮かべたくなる。なんとなく、ロマンチックなイメージもある。しかし、実際に船を運行している身になると、そうでもないらしい。船長の1人、古味修さん(64歳)が言う。

「そんなに楽しい仕事やないけんな、これは」

「そ、そうですか……」

「だけど、苦痛か言うたらそれもない」

 楽しくも面白くもないけれど、かといって嫌な仕事でもない。要するに、「可もなく不可もなく」。渡し船を運行するということは、日々、大過なく過ごすことに等しい、と言うのである。

道路なのに道はない?
市道という名の「渡し船」で働く男たち

“可もなく不可もなく”だが、意外なところにスリルあり!?<br />愛妻弁当が支える「渡し船」船長のお仕事

 訪れたのは愛媛県松山市にある「三津の渡し」だ。松山港内港地区の三津と港山の間約80メートルを結ぶ、市営の渡し船である。室町時代、築城のために舟を渡したのがはじまりとされ、以前は木造舟を手で漕いで渡っていたが、1970年からはエンジン付きの船が行き来するようになった。

 じつはここ、正式名称は松山市道高浜2号線となっている。つまり、道路なのに船で渡るという、全国的にも珍しいスポットである。当然、年中無休が原則。市道だから、誰が渡っても無料だ。

 現在、松山市からその運行を委託されている船長は3人いて、早出、遅出、週休という規則正しいローテーションで勤務している。古味さんも、その1人。取材当日は折悪しく、日本列島を台風が縦断中だった。「これで運行できるのか?」と心配したが、雨にも負けず、風にも負けず、古味さんは船の中でお客さんを待っていた。

「台風が近づいていますけど、大丈夫でしょうかね?」

 念のため、確認する。

「まあ、ここは内湾やから。注意報のうちは動かす。10メートル以上の強風が吹いたら運行を見合わすけど、あとは船長の判断」

 考えてみたら、これは道路の代わりなのだからして、台風が近づいているからといっておいそれと休めるはずもなかった。誘われるまま船の操舵室にお邪魔して、いつ来るともわからぬ客を一緒に待ちながら、話を伺うことにした。

「景色がいいですね……」

 きっと、晴れていたらもっといいのだろう、と想像を巡らせながら古味さんに話しかける。都会の喧噪に疲れた我々は地方に行くとつい、「こんな景色のいいところで仕事がしたいなあ」などと、軽々しく思ってしまうものである。