加藤 中国はまだまだ“共産党国家”というトップダウンの色彩が濃いですが、社会は多様化しており、三中全会では「資源配置の過程で市場が決定的な役割を担う」とまで提起されています。そういう時代の趨勢のなかで、『民間』という概念は不可逆的なところまで来ていると思います。

 フォーラムのケースも“民を以て、官を促進する”(以民促官)という、中国政府が最近しばしば使用する概念を感じました。中国といえども、民間の世論、意見を無視した外交には、ナショナリズムという観点からも、限界があるということを感じている。

 2005年当時、日中関係を議論する過程で、多くの中国国内の評論家や大学教授は『世論は無視だ。外交はあくまで政治だ』って主張してやみませんでした。ただ最近では、対外強硬論やナショナリズムを利用するような迎合論は依然として蔓延っているものの、「相手国の立場を理解しなければならないし、何よりも自国の世論を理解しないと外交は成り立たない」という意識は根付いてきていると感じています。

 『東京‐北京フォーラム』という民間外交のプラットフォームが、中国内政の凝り固まったものを溶かしていくバッファ(緩衝地帯)としての役割を担っていければ建設的だと思いますね。

一部の外交専門家が抱く
「日本はアジアの問題児」

加藤 僕は03年から北京で日中関係を眺めていて思ってきたのですが、日中関係は往々にして“外交”の前に“内交”でストップしてしまうケースが多い。外交をする上で、内向が最大の不安要素になっている。

 お互い、対日、対中という極めて重要な外交関係をマネージしていける“内なる体力・持久力・瞬発力”を発揮できるだけの土壌を持ち合わせていない。だから、アメリカあたりからは「日中はまた子どもの喧嘩をしている」なんて揶揄されてしまう。

 工藤さんはこの内交の調整をされる中で各界から理解と賛同を得られているわけで、とてつもないご苦労だと思います。

 僕は今後の日中関係を考えたときに、中国との対話がどのくらい重要で、そのためにどう付き合うべきかということを、どうやって理性をもって全国民に普及していくかが喫緊の課題だと思っています。

 実際に、日本に一時帰国するたびに耳にするのが“チャイナパッシング”という言葉に代表される、「別に中国と付き合わなくたってたいしたことじゃない」という冷めた世論の存在です。日本は仮にも世界第三の経済大国ですよ。その日本の知識人が中国との断交を自ら宣言するような発言をして、国際社会は日本をどう見るか。日本人も中国人同様、“外からどう見られているか?”に対する敏感力が足りなすぎると感じます。

工藤 僕も「なんで民間が中国との対話をやる必要があるんだ」って言う人に出会ったことがありますよ。政治家のなかにも、「中国は内政問題で早晩立ち行かなくなって困って、日本に助けを請いにくるんだから、こちらから無理にコミュニケーションとらなくていい」という人もいました。