麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。嶋野と末席からケンジへの熱いレクチャー。前回に引き続き自由市場経済理論の限界、そして話は計画経済の台頭へ…(佐々木一寿)

「だって、自由な取引はみんなを豊かにハッピーにするんだって、比較優位理論はちゃんと説明しているんですよね…*1。そんな、自由主義経済が恐慌を引き起こすなんて…」

 大学生のケンジは、経済学の思いがけないドラマチックさに翻弄されながらも反論を試みる。

*1 第15回「じつは、利益を貯めこんでも、経済は大変なことになる?」を参照。比較優位(comparative advantage)理論とは、分業のメリットを数理的に表現したもので、デビッド・リカード、ジョン・スチュアート・ミルらによって定式化された。口語的に結論を言うならば、他者(他国)に劣ることであっても、自国内で得意なものを生産したほうが、世界のためにも自国のためにもなる、という考え方で、自由貿易のメリットを論理的に肯定する(ミクロ)経済学の根幹をなす理論

 おっと、すでに学部レベルの学生のアベレージを超えてしまっているじゃないか。感心しながら末席研究員は答える。

「比較優位論はそれ自体では正しいんですよ! ただそれ、現実で機能しますか、という問いなんですね」

 甥の理解力に顔がほころびそうになるのを必死に我慢しているせいで、目尻が不自然になってしまっている嶋野主任も答える。

「セイの法則*2が現実的に成り立っていれば、比較優位理論もきれいに効果を発揮する」

*2 第16回「じつは、経済が自由でいいなんて、そうは問屋が卸さない!?――自由主義経済の理論の限界」参照。ジャン=バティスト・セイの著書の記述をきっかけに発展した概念で、「供給したものは、かならず需要される(作ったものは必ず売れる)」という前提のこと

「うーん、それはなぜなんですか?」

 なんとなくはわかる気がするが、でもいまいちわかりきってもいないケンジは、モヤモヤした気持ちで説明を求める。