砂漠のテントに泊まって日の出を見て、荷物を預けたホテルでかんたんな朝食をとると、3日目はずっと車での移動になる。
砂漠からカスバ街道へと向かう道に入ると、ヨセフの携帯がさっそく鳴りはじめる。ベルベル語でひと言ふた言話すと、ヨセフは続けて3件電話をかける。同じことが何度か繰り返されたあとで、なにをしているのか聞いてみた。

ヨセフに説明によると、これはスピード違反の取締りの情報交換だという。
モロッコツアーの幹線道路であるカスバ街道では、オービス(スピード測定器)による取締りがあちこちで行なわれている。取締りの場所はその日によって異なるので、最初に遭遇した車がその情報を仲間に伝えるのだ。
警察情報はいったんすべてヨセフに集約され、そこから決められた順序で伝えられていく。ここにも優先順位があって、真っ先に伝達するのはヨセフの配下にあるドライバー、次が親会社の関係者で、最後が知り合いだ。モロッコはベタな人間関係の伝統的な社会なので、情報を気前よく提供しておけば、いずれどこかでお返しがあるのだ。
「アラブ人」対「ベルベル人」という民族対立の縮図
カスバ街道に入ると、警察による取締りが頻繁に行なわれているのを目にすることになる。もちろんその時には当日の取締り地点はすべてわかっているから、手前で減速して難を逃れるのだが、そのあとヨセフは対向車にパッシングして取締りを教えている。

最初は情報網から漏れている旅行業者のためかと思ったが、彼らは毎日のようにカスバ街道を走るのだから、未認可の業者であってもなんらかのネットワークに入っているはずだ(そうでなければたちまち免停になって商売ができなくなってしまう)。ヨセフは純粋な“公共心”によって、見ず知らずのドライバーに危険を知らせているのだ。
制限速度を守っていても警官に車を停められることもある。私たちは2回遭遇したが、いずれも免許証とガイドの登録証を確認したあと、一度は三角板(事故などのときに後続車に知らせる停止表示機材)を、もう一度は薬を見せるよういわれた。
モロッコでは、旅行業者は顧客が病気になった時のために決められた薬を常備していなければならない。警察官はこの薬の使用期限をチェックして、1日でも過ぎていると罰金を徴収するのだという。
ヨセフの友人の一人は、常備薬の違反で5000ディルハム(約6万円)の罰金を払わされた。だがこのとき、使用期限が切れていたのは顧客用の薬ではなく、彼が個人的に服用していた薬だった。友人はそのことを何度も説明したが、「顧客用であれ個人用であれ規則は同じだ」と突っぱねられ、旅行業の免許を取り上げられてしまうので、泣く泣く高額の罰金を支払ったという。
「これは顧客のための規則だろ。自分の薬の使用期限なんて関係ないじゃないか。こんなバカげた話、信じられるかい?」と、珍しく頬を紅潮させたヨセフがいった。
この問題が難しいのは、警察官と旅行会社のドライバーの対立にとどまらないことだ。
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