アトラスを越えてフェズに近づく頃、携帯で話し終えたヨセフが深刻な表情になった。そのまま何件か長い電話をしたあとで、大きなため息をつく。
「仲間の一人が検問で深刻なトラブルになったんだよ。このままだとガイドの免許が取り消されるかもしれない。そうなったら彼も、家族も食べていけなくなる」
長い電話は、この問題をどうやって解決するかの相談だった。詳しくは聞かなかったけれど、どこかにお金を払って揉み消してもらうしかないのだろう。
モロッコは北アフリカで唯一、「アラブの春」を無傷で乗り切った。アラブ人とベルベル人の融和も進んでいるといわれている。それでもなお、社会のなかに「俺たち」と「奴ら」の関係が出来上がると、それを乗り越えるのはものすごく難しい。
日本が単一民族というのは神話だとしても、同質性の高い社会であることは間違いない。そんな私たちの想像力では、モロッコのような社会の日常をうまく理解できない。
この世界のやっかいな問題のほとんどは、「俺たち」と「奴ら」が引き起こすのだ。

<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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アベノミクスはその端緒となるのか!? 大胆な金融緩和→国債価格の下落で金利上昇→円安とインフレが進行→国家債務の膨張→財政破綻(国家破産)…。そう遠くない未来に起きるかもしれない日本の"最悪のシナリオ"。その時、私たちはどうなってしまうのか? どうやって資産を生活を守っていくべきなのか? 不確実な未来に対処するため、すべての日本人に向けて書かれた全く新しい資産防衛の処方箋。
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