出版社で課長職にあるTさんの部下E子さんは、「うつ病」で半年前から休職中です。

 E子さんの休職は「うつ病のため、自宅療養を要す」という医師の診断書が提出されての正式なものではあるのですが、上司であるTさんは内心、「E子さんは本当にうつ病なのだろうか?」と疑問を抱いています。

 E子さんは以前から、仕事がいよいよ忙しくなるという時期になると、決まって体調不良を理由に休み始めるパターンを繰り返していました。そのことは、グループ管理者としてのTさんの頭をずいぶん悩ましていたのでした。

 E子さんのこの傾向は年々ひどくなってきていて、当然、部課内の他のスタッフたちも、もうすっかりE子さんを当てにしないような雰囲気になってきていました。

 そして、皆がひそかに予想していた通り、E子さんは半年前についに本格的な病気休職に入ったのでした。

 「結局、彼女は大変な仕事はしたくないってことなんでしょ」

 「あれはきっと、最近よく言われてる『偽うつ』なんじゃない?」

 「まあ、仮病の一種だよな。だって、聞いた話じゃ自宅療養中なのに、旅行とか行ったりして、楽しく遊んでるらしいぜ」

 「えーっ本当? それって、絶対『うつ』じゃないわ! だって、私の叔母さんが前に『うつ』になったことがあるからよく知ってるけど、『うつ』の人って、全然動けなくなったりして、ちょっと外出するのさえ一苦労っていう感じになるものなのよ」

 部下たちのこんなやり取りも、Tさんの耳に入って来ています。

 Tさんには、「うつ病」とはいったい何なのか、段々わからなくなってきていました。折にふれて「うつ」に関する本やTVの「うつ」特集などは気にして見るようにしているのですが、「うつ」についての様々な情報は入ってくるものの、言っていることがそれぞれ微妙に食い違っていたり、そこで言われている「うつ」にはE子さんの状態が当てはまらないところもあったりして、どこか判然としないのです。

医師も戸惑うほど変わる
「うつ病」の定義

 このTさんのように、「うつ」に関して、わかるようでわからないという感想を持っている方も決して少なくないことだろうと思います。

 実際、現場で臨床をしている私自身も、特にこの10年ほどの間で、目まぐるしく「うつ」についての定義や情報が変化してきていることに、正直なところかなり戸惑いを覚えているほどです。ですから、一般の方たちにとってはなおのこと、わかりにくい状況だろうと思います。

 さて、このE子さんが果たして本当に「うつ」なのかどうかを考える前に、少々専門的ですが、いくつか説明しておかなければならないことがあります。

診断法が変わってきた
「お家事情」

 そもそも従来の日本の精神医学・医療は、ドイツ流の精神医学に倣った診断学を基礎にして、診断や治療を行っていました。そして「うつ病」と言えば、主に「内因性うつ病」というものを指していたのです。これは、今日では「典型的うつ病」「古典的なうつ病」と言われたりします。ここに躁状態も加わっている場合には、これを「躁うつ病」と呼びました。