モロッコのサラハ砂漠ツアーでは、砂漠に面した簡素なホテルに荷物を預けたあと、ラクダに揺られて1時間ほど砂漠を進み、日没を眺めながらキャンプ地へ向かう。キャンプには木の柱を砂漠に打ちつけ、布を張った四角いテントが並んでいる。私たちは総勢8人でテント4張りの小さなキャンプに泊まったが、大人数のツアーに対応した巨大なテント村もあるという。
宿泊用のテントのほかには、夕食の供される大型テント(椅子と長テーブルが置かれている)と食事をつくる台所用のテント(ガスコンロを使ってかんたんなタジン料理をつくる)がある。

夕食の前に甘いミントティー(ベルベル・ウイスキー)をつくってくれたアリーという青年が片言の英語を話した。そのアリーが、「ぼくはベルベル人じゃなくてノマドなんだよ」と自己紹介したのだ。
アリーはサハラ砂漠の観光ガイドで、外国人観光客を自分たちのキャンプに案内し、夕食をつくり、ベルベル音楽(両足に挟んだ太鼓を叩きながら民謡のような節をつけて歌う)を楽しんでもらうのが仕事だ。
ときには「もっと本格的な砂漠を体験したい」というヨーロッパ人の観光客を相手にすることもある。「砂漠で1週間過ごすのはほんとうに大変なんだ。とくに、砂漠のことをなにも知らない観光客と一緒だとね」と肩をすくめた。

ベルベル人のガイドは私たちを出発地のホテルまで連れて行くだけで、砂漠のテントには同行しない。ベルベル人とノマドのあいだできちんと役割分担ができているようだ。
アリーは結婚していて、砂漠の近くの町に家もある。ただし、そこで暮らすのは1年の半分くらいだ。親や親族がまだ遊牧を続けていて、彼らといっしょに砂漠で生活することもあるからだという。

80年代にポストモダンの洗礼を受けた世代にとっては、「ノマド」は憧れのライフスタイルだ。それから30年たって、まさかほんもののノマドに会えるとは思ってもみなかった。
そこでアリーに、ノマドライフがどんなものか聞いてみた。
アリーは最初、質問の意味がよくわからずきょとんとした顔をしていたが、やがていった。
「そんなの、家で暮らした方がいいに決まってるよ。砂漠も悪くはないけど、1年に1回でじゅうぶんだね」
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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