主舞台をクリミア半島へ移したウクライナ情勢 <br />ロシアvs欧米の対立の背景と、市民が語る国家の内情<br />――ジャーナリスト・仲野博文ロシアの軍事侵攻に抗議するキエフ市民。死神に擬されたロシアがノックして回るドアの上に書かれている地名は、左からカフカス、チェチェン、ダゲスタン、アブハジア、オセチア、そしてウクライナだ Photo by Vlad Sodel

ウクライナ情勢が緊迫している。首都キエフの独立広場周辺で3ヵ月にわたって繰り広げられた反政府デモによってヤヌコヴィッチ政権は崩壊。多くのキエフ市民が歓喜したが、間もなくして政権交代に正当性がないと主張するロシアが、ウクライナ国内のロシア系住民の保護を名目に軍事行動の可能性を示唆。ウクライナ南部のクリミア半島ではすでにロシア軍部隊とみられる武装集団が要所を掌握しており、今後のロシアの動きに注目が集まっている。加えて、ウクライナ東部でも親ロシア派と反ロシア派の住民との間で衝突が発生しており、ウクライナの政情不安は全国に飛び火している。今後、ウクライナ情勢はどうなるのだろうか?

ウクライナ騒乱、今日までの経緯を振り返る
クリミア半島を巡るロシアと欧米の対立はエスカレート

2月25日のDOL特別レポートでは、キエフの独立広場を中心に展開された「ユーロマイダン」と呼ばれる反政府デモの様子を、デモに実際に参加したキエフ市民らの声を紹介する形で伝えた。また、歴史的にロシアとの繋がりが強く、黒海艦隊の拠点としてロシアにとって戦略上手放すことのできないクリミア半島の重要性についても紹介。すでに2月20日の段階で、ロシア軍高官が英紙フィナンシャル・タイムズの取材に対し「クリミアを巡る状況次第では戦争も辞さない」とコメントし、2008年のロシア軍によるグルジア侵攻と同様の措置が取られる可能性を示唆していた。

 クリミア半島を巡るウクライナとロシアの駆け引きはヤヌコヴィッチ政権崩壊直後から頻繁に見られるようになった。先月24日には発足したばかりの暫定政権の内務大臣が、「ロシア軍部隊がクリミアに侵入し、何らかの活動を行った後、ロシアに戻った模様だ」とマスコミに語り、26日にはロシアのプーチン大統領がロシア軍部隊に対して軍事演習の実施を命令した。

 同じ頃、クリミア半島にある主要都市の1つでもあるシンフェロポリでは各地から義勇兵志願者が集まるようになり、市内で「ウクライナによる侵攻には徹底抗戦する」とシュプレヒコールをあげた。前回のレポートでも紹介したが、1991年のソ連崩壊後にウクライナの領土であるクリミア半島ではロシア系住民による独立運動が広がりを見せたものの、最終的に主権をウクライナが握った形でクリミア自治共和国が誕生している。