近年、「ヤンキー文化論」が花盛りだ。日本人の多くに昔から「内なるヤンキー性」が潜んでいるという普遍性の議論がベースとなっている。

 エッセイストの酒井順子氏は、ヤンキー的センスは「末端を肥大化する」という特徴を持つと指摘している。長く伸びたリーゼント、改造車のマフラー、地面につくほど長いレディースのハチマキに似た末端の誇張は、歌舞伎には昔からあった。平安時代にもヤンキーはいたという。心理病理学者の斎藤環・筑波大学教授も、戦国武将の天に向かってとがる兜のデザインは、現代の改造車の竹やり(排気管)に通じると解説している。

 また、建築家の隅研吾氏は、成長が終わった脱工業化社会において、ヤンキー的な「祭り」こそが豊かさをもたらすというコンセプトの下、昨年竣工の東京・銀座の歌舞伎座を設計したという。

 原田曜平氏の『ヤンキー経済』は、近年のヤンキーは暴力性が薄く、徹底的に地元志向なマイルドヤンキーであり、中学時代からの友人との関係を維持するためなら支出をいとわない優良な消費者だと指摘している。その人口は大都市近郊も含め今や大変な数に及んでいるが、彼らは地元の5キロメートル圏内から出ないため、企業はマーケティングできていない、という。

 ヤンキーは今や「新保守層」として政治的マジョリティになりつつある。斎藤教授は、彼らの特徴は「気合いとアゲアゲのノリさえあれば、何とかなるべ」という「行動主義」にあると述べている。