だが82年9月、大統領に当選したばかりのバシャールが爆殺されてしまう。これに激昂したキリスト教徒の民兵組織は、犯行はPLOの残党によるものだとしてベイルート郊外のパレスチナ人難民キャンプを襲い、2日間にわたって一般市民が殺戮される悲劇が起きた。これがサブラー・シャティーラ事件だ。
難民キャンプはイスラエル軍によって包囲されており、キリスト教民兵組織の依頼によってイスラエル軍が照明弾を打ち上げるなかで虐殺が行なわれた。この事件によってシャロンとイスラエル政府は国際社会の激しい非難にさらされることになる。
路上に積み上げられた女性や子どもの死体が映像として全世界に配信されるとユダヤ人社会やイスラエル国内からも批判が噴出し、イスラエル軍はレバノンからの撤収を余儀なくされ、シャロンは国防相を辞任した。パレスチナ問題を“最終解決”しようとしたシャロンの計画は水泡に帰し、イスラエル軍は虐殺を放置した責任を問われ汚名にまみれることになった。
アリ・フォルマンと友人はこの現場にいて、1人は記憶を失い、1人は毎晩、野犬に追われる悪夢にうなされるようになった。『戦場でワルツを』の最後に挿入されるニュース映像はあまりに衝撃的だ。
サブラー・シャティーラに居合わせた若いイスラエル兵の一人ひとりが、なぜ自分はあの場でなにもしなかったのか、という問いから逃れられなくなった。事件から26年後につくられた『戦場でワルツを』は、そのひとつの回答なのだ。
カナダ映画『灼熱の魂(Incendies)』
2010年のカナダ映画『灼熱の魂(Incendies)』は、レバノンに生まれカナダのフランス語圏ケベック州に移住した劇作家ワジディ・ムアワッドの作品を映画化したものだ。
物語は、ケベック州に住む双子の姉弟が母親の遺言を受け取るところから始まる。母親のナワルは二人に、まだ見ぬ父親と存在すら知らなかった兄を探し出して手紙を渡すよう求めていた。ナワルはレバノン内戦を逃れてカナダに移住しており、二人は意味もわからないまま母親の故郷に向かう(映画では中東の架空の国になっている)。

ナワルはレバノン山岳地帯のキリスト教徒の村で生まれ、パレスチナ難民(ムスリム)の男性と恋をして子どもを産むが、村人たちによって二人は引き裂かれ、子どもを孤児院に入れられて村から追放されてしまう。ベイルート(これも映画では架空の都市)の大学生となったナワルはそこで政治運動に目覚め、内戦が勃発すると息子を探して南部に向かう。原題の“Incendies”はフランス語で“火事”のことだが、爆弾、火炎放射器、ナパーム弾など、ナワルが見た内戦下のレバノンを象徴しているのだろう。
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