この映画のなかで、ナワルの乗ったバスが民兵組織に襲われる印象的なシーンがある。民兵たちは乗客に宗教を明らかにするように告げ、首に下げていた十字架を見せたナワルはバスから下ろされたが、残りの乗客は全員が射殺されてしまうのだ。これは1975年4月、ベイルート郊外でマロン派の民兵組織にバスが襲撃され、女性や子どもを含む27名が死亡した事件にもとづいている。マロン派の集会に通りかかったバスに乗っていたパレスチナ人が挑発した(発砲したとの説もある)ためだといわれている。その挑発に怒った民兵たちがバスを占拠し、乗客の宗教をあらためるとムスリム全員を殺したのだ。
この事件をきっかけにキリスト教民兵とPLOとの武力抗争が始まり、レバノンは終わりの見えない内戦に引きずり込まれていく。
『灼熱の魂』では、最後に母親の遺言の謎(1+1=1)が解かれ、姉弟の出生の秘密が明かされる。ここはぜひ映画を観ていただきたいが、運命の残酷さに愕然とするだろう。

ベイルートの街は急速に復興しているが、住宅街の壁にはいまも銃弾のあとが残り、砲撃で廃墟となった建物が残されている。
私がベイルートを訪れたのは昨年12月28日で、その前日に前財務大臣を標的とする爆弾テロが起きた。今年に入ってもレバノンではテロが相次いでいる。
●1月2日 ベイルート南郊外で自動車が爆発し、5人が死亡、77人が負傷
●1月22日 ベイルート南郊外で自動車が爆発し、4人が死亡、47人が負傷
●2月3日 ベイルート南郊外に近接する山岳レバノン県シュワイファートで自爆テロが発生し一般市民2人が負傷
●2月19日 ベイルート南郊外のイラン文化施設付近の路上で2件の連続爆弾テロが起き、8人が死亡、100人以上が負傷
ベイルートのひとたちは知的で洗練されていて、英語やフランス語がごくふつうに通じる。洒落たカフェやレストランがあちこちにあり、料理もワインもおいしい。
こんなに魅力的な街を多くのひとに勧められないのは、ほんとうに残念だ。
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。
最新刊『タックスヘイヴン TAX HAVEN』(幻冬舎)が発売。
ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
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アベノミクスはその端緒となるのか!? 大胆な金融緩和→国債価格の下落で金利上昇→円安とインフレが進行→国家債務の膨張→財政破綻(国家破産)…。そう遠くない未来に起きるかもしれない日本の"最悪のシナリオ"。その時、私たちはどうなってしまうのか? どうやって資産を生活を守っていくべきなのか? 不確実な未来に対処するため、すべての日本人に向けて書かれた全く新しい資産防衛の処方箋。
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