時計の針を、10年巻き戻そう。

 「その年末、小渕氏はYKK(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎氏)と飲んだ。小渕氏は、こんな風に言ったと伝えられる。『大変なことをしたと思っている。おれは死刑になってもおかしくないなあ』 財政再建か景気回復か。このテーマがかくも政治を苦しめるとは」

 これは、朝日新聞の政治記者である早野透氏の著書『日本政治の決算』(講談社現代新書)の一節である。

 1999年、金融危機を回避すべく、民主党の金融再生案を丸呑みして「金融国会」を乗り切った小渕恵三首相(当時)は11月、総額24兆円の緊急対策を決定した。1998年度第三次補正予算には、国債発行12兆3000億円を計上した。1999年度は前年度の二倍、31兆円を発行した。財政赤字は、恐ろしい勢いで拡大中だった。

 小渕首相は「世界一の借金王」などと自らを揶揄し、能天気なままにバラマキを続けていた。少なくても、世間にはそう受け取られていた。だから、この本の一節における“苦悩する小渕首相”は実に意外であり、私は、当事者の加藤紘一氏に事の次第を確かめてみた。加藤氏によれば、1999年のクリスマスイブに3人が突然呼び出され、都内のホテルで飲んだ。その時、加藤、山崎両氏が財政赤字の悪化を指摘すると、「死刑になってもおかしくない」と件の言葉を呟いた・・・・・。

 財政再建など歯牙にもかけないかに見えた首相の知られざる苦しみは、今では完全に消え去った政治家の良心の発露にも思える。当時の公債残高は296兆円、翻って現在は553兆円にも上るのである。

 公債残高が10年前の2倍に迫る勢いにもかかわらず、8月30日の総選挙において、政権奪取が確実である民主党のマニフェストには、財政再建に関する文言は、一つもない。消費税増税は、凍結してある。居並ぶ政策は、すべて支出である。初の政権与党の座を前にして大盤振る舞いを約束する高揚感は、初任給を使い切ってしまおうとする新入社員のごとく、と例えれば失礼だろうか。そもそも借金地獄は自民党の責任である、という当事者意識の希薄さも手伝っているのかもしれない。