その後は、モノトーンが流行った2012年秋には、CMキャラクターをきゃりーぱみゅぱみゅに変更。ファッション・モンスターに扮したきゃりーぱみゅぱみゅが、ダサい人をおしゃれに変えていくストーリーで、ブランドのコンセプトを広く訴求した。ユニクロの安い版は、全く別の新しいブランドに生まれ変わった。

 ここまでに実現してきたのはトレンドのど真ん中をユニクロの半額で提供することによる、事業の棲み分けと新しい客層の掘り起こしだった。柚木に言わせれば「擬人化するならユニクロは超優等生で生徒会長のお兄ちゃん。ジーユーは少しドジでやんちゃだけど可愛い妹」といった具合だ。これは、商品コンセプトだけでなく、店舗運営にも当てはまる。ユニクロが店舗を移すと、跡地にジーユーが入ることが多いからだ。ジーユー初の大型店、大阪・心斎橋や知名度を上げるきっかけとなった銀座店は、いずれもユニクロの跡地だった。「お兄ちゃんの後をついていく」から、商圏のことを教えてもらえる。「家具も置いて行って」という代わりに店舗を居抜きで譲り受けるというわけだ。

 柚木の頭にはもう一つ、意識していることがある。それは「ファストファッションは欧米の専売特許ではない」ということだ。すぐに買える価格ですぐに着たいものを提供しつつ、日本的な可愛らしさを忘れない。このあたりへのこだわりは、ファーストリテイリング入社以前の柚木の経験やキャリアから生み出されたものだ。

自信に充ち溢れていた野菜事業時代。
「額に“I am 優秀”と書いている感じ」

 柚木は1965年、兵庫県で生まれた。実家が八百屋を営んでいたため、自営業の大変さは身にしみて分かっていた。大学を卒業し、新卒で大手商社に行ったのは「八百屋と対極にあったから」と振り返る。ペルシャ湾の油田プロジェクトなど、文字通り「対極」の経験をしながら、少し違和感を覚えていた。「僕は、ここにいてもいいのかな」。

 転職先は外資系ファンドだった。M&Aマネジャーとしてアメリカ流の資本主義を目の当たりにして「すごく勉強になった。でも、やっぱり、僕は日本人」と思い、ファーストリテイリングに入社したのは1999年、34歳の時だった。順調に昇進し、翌年、執行役員に。そして2002年、野菜事業をやるため、エフアール・フーズの社長になった。

 野菜事業を始めたのは、それなりの理由がある。生家で野菜を扱っていたことに加え、単身赴任が長かったことがある。美味しいもの、健康なものを食べられる生活に憧れた。そして、自分のように「安全で美味しいものを求めている消費者に、SPA(製造小売り)方式で野菜を作って売ればうまくいく」と考えたのだ。

 もちろん頭を働かせるだけではなく、足でも情報を取りに行った。食品スーパーに12時間も立ち続けて買い物客の様子を観察したり、良い食材があれば自腹を切って妻と2人でアメリカに行って確かめたこともある。真剣に取り組んだものの「それでもユーザーの気持ちを読み切れていなかった」と振り返る。ビジネスモデルから逆算して行ったアイテム数の絞り込みがその一つだ。「旬の美味しいものだけを届けたら、主婦の仕事は回らない。ナスもトマトもキュウリも同じ店で買いたい。実際にはアイテム数を絞りすぎると店舗全体としての魅力が下がるし、加工食品もないとダメだった」。この体験で学んだことは、これまで以上に徹底して消費者の声を聞くことで実行に移している。