橘玲の世界投資見聞録 2014年5月15日

「キリスト教の正統は、ローマではなくロシアにある」
バチカンが隠ぺいしつづける不都合な歴史
[橘玲の世界投資見聞録]

 ビザンティンとロシア(スラブ民族)の歴史をたどると、この国の奇妙な出自が見えてくる。

 ロシアというのは、ビザンティン人によって“発見”されるまでは文字もなければ文化もない蛮族の集団でしかなかった。それが聖キリルによって文字を与えられ、正教に改宗することで文明の光に浴し、ようやく“ひと”として認められるようになったのだ。

 前回述べたように、ビザンティン帝国というのはギリシア人の国だった。だとすれば、「ロシアはギリシアから生まれた」ことになる。

[参考記事]
●ビザンティン帝国=ギリシアが答えだった

 

古代ギリシア文明の象徴・パルテノン神殿     (Photo:©Alt Invest Com)

 

  モンゴルに支配されたことをロシアの屈辱の歴史とする見方がある。だがそれ以上に、自分たちの文字も文化も宗教も、すなわちアイデンティティのすべてがギリシアからの借り物だということの方が彼らにとって深刻な問題ではないだろうか。

 だがここで、(ロシアにとって)ものすごく都合のいいことが起きる。1453年にビザンティン帝国がオスマントルコに攻め滅ぼされてしまったのだ。

 ビザンティン帝国滅亡後の1473年、ロシア(モスクワ朝)のイワン3世はビザンティン最後の皇帝の姪を妃に迎える。このことによって、ロシアはビザンティン帝国の正統な後継者を名乗ることになった。イワン3世は「大公」から「皇帝」となり、ビザンティン帝国の双頭の鷲を紋章に掲げた。

 コンスタンティノポリスの陥落で、正教の4つの総主教区はすべてイスラムの手に落ちた。正教の主座はロシア帝国に移り、モスクワはローマ、コンスタンティノポリスに次ぐ「第三のローマ」になった。

 “ビザンティン史観”に立つと、ヨーロッパのまったく別の姿が見えてくる。

 ローマ帝国の正統は、コンスタンティノポリス(新ローマ)を経てモスクワ(第三のローマ)に継承された。キリスト教の正統である総主教の座もローマ(バチカン)ではなくモスクワにある。

 ドストエフスキーの長編小説に登場する帝政ロシア末期の知識人たちは、西欧近代との遭遇によって、農奴制の「遅れたロシア」と神に愛でられた「聖なるロシア」に引き裂かれて煩悶する。帝政ロシア→ソ連→ロシアの歴史は、ずっとこの「自虐」と「自尊」のあいだで揺れてきた。

 そう考えると、西ヨーロッパとロシアの関係がたんなる政治的な利害得失ではないことがわかるだろう。ロシアにとって、欧米の“カトリック史観”は歴史の歪曲でしかない。それは歴史と宗教の正統をめぐる根本的な対立なのだ。

モスクワ・赤の広場に建つ聖ワシリイ大聖堂      (Photo:©Alt Invest Com)

 

 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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